巻之70   〔6〕 蜀山人の狂歌

 故蜀山人の狂歌は天性にあふれている。
ある時田安殿の御邸に召され、園中の九段の高台に至り狂哥をお好みであったのでとり急ぎ、即吟すると、

    雪月花吃(きっと)受合申候
             依てくだんの上の絶景

 田安殿は感悦され、唐桟留(とうさんとめ)と八丈嶋とを賜ったので、また即、

    寐惚(ネボケ)には過たる者が二つあり
             唐の袴にほんの八丈
           (蜀山人、一寐惚先生号す)

 またこの時か、御坐鋪に伊川院の画の柱聯(ちゅうれん、詩文などを書いて、柱にかける聯)があって、讃をと申されると(その絵柳の樹の陰にまた一樹がある。下に猿の子を伴っている体である)、

    見わたせば柳に何かかき交て
         親子ぞ猿の二疋なりけり

 これは別の時のことというぞ。六歌仙の題歌に、

    六歌仙坊さまふたり(遍照、喜撰)さし引ひて
    娘(小町)ひとりに婿が三人(業平、康秀、黒主)

因って云う。
或る屋鋪の中間、在所よりはじめて江都に出て口占(くちずさ)んでいると。

    もろともにあはれと思へ御月さま
         国のなじみはおまへひとりよ 
 
 実情をよく咏んで(情景に)はまっている。
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巻之69  〔11〕 附会の説

 林子曰く。
 成嶋の(東岳)話に、この頃ふと『続撰吟集』を看て、伝説の誤りを知ったと云う。
飛鳥井雅親卿が東山殿へ召されて罷(まか、御許しをいただいて貴人の元から退去すること)る路に、棄子の泣き声を聞いてとか詞書があって、

    あはれなり夜半の棄子の啼やむは
         母のそひ寐の夢や見るらん

 この事を世に伝えるのは、後水尾院の御製で、これより板倉防州新令を下し、京中の棄子養育の政を出したり、1,2の随筆にあったのを本当の事と思い、右(上)の古歌では、後水尾帝は歌聖と称し奉る御ことゆえ、このような附会の説をも申し伝えられたと。

巻之77  〔3〕 火事の後の商い

 文化丙寅(文化3年、1806)の大火、江都南北におよんで延焼した(3月4日の朝4ツ時頃(午前10時)より、南辺高縄牛町より出火して、翌5日朝5ツ時(午前8時)頃にこの門跡の北辺にて止焼した)。
商いの利欲は(このような時の)はずすものだが、 その明朝草履を買うのに、銭72文で売った。
そして徐々に高値にして4ツ頃には1足300文にしたと。
この者は官に御咎めを受けたとぞ。

 その前の天明丁未の年(1787)の大火の時、都外近郷歳飢え、米価は高騰し、銭100文に米3合を替えた。
それで路店では飯を売る者はみな店をしまったり、或は高値で売ったりする中、上野の山下に亀屋と呼ぶ奈良茶店は、安値から儲けを出さずに1椀12銅ずつで売った。
すると人々は争ってこの店に来て食して帰っていったと云う。
天意に叶っていたのだね。
その頃より店は稍々繁盛して、今に及んでは家が栄えていると聞く。

巻之77 〔2〕 武蔵野の逃水(ニゲミズ)

(原文ママ)
又この野の逃水のことを、太田徴元が『鄙事臆断』に載せしが、先年写し置たるを今復(また)移書す。
武蔵野の逃水は古より名高きことなり。
然れども常にあるにあらず。
其地の人もみること甚(はなはだ)稀なり。
固より水にはあらざるなり。
時ありて広原を遥に望めば、波浪の起るに似て色五彩をまじゑ、其中に人物舟船の行くが如く、彷彿として影の如く画の如し。
漸其処までいたり視ればあるところなく、又向に見ることはじめの如く、時を移して乃滅す。
水の流るるに似て、定まる所なく逸失すれば逃水と名づけしなり。
『清暑筆談』に曰。広野の陽燄、之を望めば楼台人物之状を為すが波濤奔馬、及び海中の蜃気の如し。
此れ皆天地之気、絪縕湯潏、回薄変幻、何往有不。
『周処風土記』も亦此説同。唐陸勲『志怪』水影と云も亦同。
右(上)二説、已『経史摘語』に載。
この説の如く気なり、蜃気楼と云に同じ。
海上にあるを海市と云。
山中にあるを山市と云。
原野にあるを地市と云。
『池北偶談』に見ゑたり。
武蔵野の逃水は地市也。
○『夫木集』水部(にげ水、武蔵)、『俊頼朝臣家集』あづまぢにありといふなるにげ水のにげかくれてもよをすごす哉、面白き歌趣なり。
又『和訓栞』に、にげみづ。
武蔵野の景色也。
春より夏かけて、うららかになぎたる空に、わかく生しげりたり草の原に、地気のたち升るが、こなたより見れば、草の葉末をしろじろと水の流るるが如く見ゆめり。
まことの水には非ず。
こと処にゆけば、又むかふに見ゆるをもて名づけり。
『志怪禄』に、深州東鹿県の中に水影有。
長七八尺。
遥に望に水中在人馬往来如見。
乃前至水見不と見えたり。

巻之70  〔27〕 少女の句

かつて何の書で見た。
諒闇の8月良夜に、京師市中の少女が口ずさんだと云う句に

  普天の下 そつと月看る 今宵かな

自然の句と云える。

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