続 巻之十七 〈一〉 十二支へ狐と鶴(笑い話)

十二支のもとへ狐と鶴がやって来て言った。彼らは禽獣の霊物であり、申し合わせて来たのだ。「願わくは十二支の中に加え給え」と。
すなわち子と丑が相談した。寅卯以下皆曰く。「両禽の名を十二支の中に加えるべし。古来より人が称して来ているが、いかが唱えんや」と。
狐鶴曰く。「ならば、狐子丑寅卯辰鶴巳午未と唱えん」。
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続 巻之十七 〈一〉 仁王の木像のひねり(笑い話)

仁王の木像に噛んだ紙を吹きつけると、その当たった所が力強くなるという。
参詣の輩が集まって仁王門に向かって紙を吹きつけた。
その中の一人が云った。
「これはしたり。あの紙の中に金子を入れてやした!」。
これを聞いた木像は手を動かして、顔や腕の紙をひねりひねりしたのだと。

続 巻之十七〈一〉 四文銭

明和のときに四文銭が鋳造された。
はじめはなかなか流通しなかった。
一士人が下僕と浅草観音に参詣に出かけた。
本堂で一銭を投じた。
見ると四当銭(四文銭とも云った)ではないか!
主人は下僕を見て曰く。
「一文はなんじの為の銭だな」。

続 巻之ニ十五 〈一0〉 ムツゴロウ

孫啓が西帰りの途中で見たと描いた物を肥州(静山さまのご子息)より和州(不明)に送り、わしに転送した。
ムツゴロウ(魚の名-欄外注記)、肥前国白石浜にいる魚である。
よそへ移しても生きられぬ。
おとがい(顎の下)の下鰭(ひれ)の様なものがあるが足である。
これでよく歩む。
人が来るのを知ると、躍って砂穴に入る。
矢の如く速やかである。
これを獲るには砂に穴を掘ってとる。
人の如く瞬きをする。大きい物で六寸ばかりとのこと。
......................
ここからは、静山さんが本草啓蒙と食療正要から転載された内容。
『本草啓蒙』に云う。石ひつ(魚に必)魚。ムツ→京(ムツと京では呼ぶ)。カワムツ→京。モツ。モト→若州。ヤマブト→勢州。コウジバエ→阿州。
渓潤流水及び池沢に多くいる。形はハエに似て狭長。細鱗に嘴は尖り、口は大きい。吻に砂がある。よく虫を食う。小さいもので六七寸。あるいは八九寸に至る。色は淡黃褐でわずかに黒が帯びる。脇に一本の黒い線がある。上下の鰭(ひれ)の色が赤くなるのをテリムツと呼ぶ。またアカムツ→江州、コケムツ→江州と云う。
これに対し常に小さな物をクソムツ→江州、シロムツ〈『食療正要』と云う。また海魚にムツがある。一名ロクノイヲ(奥州。国名を避けて名を易しくしている)、クジラトオシ→筑前、東西諸州にある。筑後筑前の泥海に最多しと『大和本草』にあり。形はニベに似て小さく、紫黒色で黒線がある。細い鱗に大きい頭、眼もまた大きい。尾には股がなく、鱗は硬い。身の長さは七八寸、あるいは尺の物もいる。油多し。煎じて灯油にする。肉の味は蛋白、下品〈げひんではなく、上物ではない〉である、〉である。
以上静山さんによる転載終わり
.......................
また聞く。
同州(肥前)の小城(オギ)戸川の辺りでは、売り物として、旅の客が買い求め、旅中の馬上で食べていて、すこぶる珍味だとのこと。
またある人が云う。「この魚は佐賀領に多くいる」。
また云う。
「かつてこの魚を長崎で見たが、とくに性分強い物と知った。料理されるところを見たが、首と尾を切り離すときに、首と尾の肉が動いて生きている様であった。形はイモリによく似ている。だからかの地の人は賞味しても、形がイモリに似ているので、心もち悪くて人は食べようとしないなあ」。
また云う。
「かつて佐賀領の旅宿で膳が出された時、平椀の蓋をとり見ると、中にイモリが入っているではないか!驚いて女中に聞くと、ムツゴロウですと答えたと」。
と、するとイモリによく似ている物だろうよ。
そうしたら前の図と形状が違うのではないか。
べつの種類なのか。
わしは思う。
この魚はムツと云うのを、ここ佐賀ではムツゴロウと云うのは、イモリに似ていると云えば、イモリは黒色だから、ムツグロと謂うべきを、肥人の訛りで、グロをゴロウと呼ぶ物になったのではなかろうか。


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続 巻之十七 〈一〉 芸妓の屁

ある元芸妓が禿(かむろ)に手習いをさせていた時に思わず屁をした。
禿に恥ずかしく、偽って云った。
「あたくしの母からの教えに一月に一度ずつ必ず恥をかく様にとあるから、今月の恥をかいたのよ」と云った。
下の口より、また屁をした。
元芸妓が禿に示して云うには。
「いくら親孝行だからといって、来月の恥までやるのは取り越しだわね」。

続 巻之十七 〈一〉 燈心は何から出る(笑い話)

手習い師匠の弟子が二人言い争いをしていた。
燈心は何から出来ている?
一児が云う「山吹のしん」。
もう一児が云う「いぐさのしん」。
決せず。
師匠は酒好きでな、是非を聞かんと、ニ児は各々こっそりと酒肴を携え、師に賄し、己が勝とうとした。
師もまた其々受け取った。ニ
児は喜んで帰った。
後に師を前にして是非を聞いた。
師曰く。「どちらもさにあらず」。
ニ児は訝る。
師に迫り聞く「ならば燈心は何から出るのですか」。
師答える「紙燈(あんどん)の引き出しから」。

巻之四十七 〈六〉 晴雨のしるし(予報)

ある人の話に「晴雨のしるし(予報)も近頃は当たらない。
日和が続けばついぞ雨は降るない。
雨になれば長雨になって晴れない」。
とすると聖人の代の五日の雨に、十日の風というのも忘れた頃にしかない。
賢愚の世に生きるのも、晴雨のしるしが当たらない様に、
賢人とみえる者は何にかにつけ不幸せな事がある。
あるいは不具か短命。
愚は不思議に長命で権力者貴人となる類は、天理と噛み合わないと言ったりするが。
なるほど思い合わせる事も多いものだ。
だから覚えた東は(上土に皮)の詩をここに書きつけておこう。
児を洗いし時に
人は皆子を得ると聡明さを望む
我は聡明であったがために一生を誤った
ただ願うのは、みどり児よ、おろかであってくれ
災いに合わず、難儀に合わず、ゆくゆくは公卿に

※現代にも通じてる?

続 巻之十七 〈一〉 寺の坊主の顔に落書き(笑い話)

寺の坊主に字を習う者が多くいる。
とかく手習いの子どものいたずらで、昼寝して起きてみると顔に墨でぬり絵をしている。
それで洗い落とすと、寄り合って手を柏ち笑う。
時には朝起きると、夜の間に顔に絵をかき置いている。
坊主は大いに立腹するが甲斐なし。
ある日、子どもが知らない所に行って昼寝をして、起きた。
だが心元なく、鏡を出した。
「子どもらめ、どうしてわしが寝ていた所を知っているのか。また顔に南天を書きおった!!!」
坊主は鏡の裏を見ていたのじゃった。

続 巻之十七 〈一〉 文盲の父とその娘(笑い話)

一女がいた。年は十歳。
父は文盲だが、娘の事によけいな口を出す。
娘は(父が)人前ですることを宜しくない気持ちでいたが。
ある時人が来てまた口を出してこう云った。
「それがしの小娘は手習いに精を出しています」が、吹聴した。
客が「御清書はありますか」と云うと娘の清書を持ってきて、開いて逆さまに出した。
娘は「それは逆さよ」と云ったが、「御客の方から見やすいようにしたのだ」と云う。
客も心得て、「読みものもなさるのか」と聞いた。
「随分いたしました。百人首も僧正遍昭までおぼえています」と云う。
「おやおや、僧正遍昭どころではなく、その先まで覚えておられるのでしょう」と云ったのを聞いた娘、「なら、十方世界まで覚えなきゃ」と云ったと。

巻之六十〈一九〉 クルス(蛮語十字)

前に中川氏の紋を「クルス」と云うことを載せた。
この「クルス」は蛮語十字のことでもと「クルイス」と云うのを「クルス」と云い、転じて「ケレスト」、また転じて「キリスト」、また「キリシタ」。
ころ我が邦に切支丹と云うものである。
中川氏の前の瀬兵衛のころの南蛮寺はすなわちこの宗である。

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