巻之31 (3) 神祖の御宮

 神祖(家康公)の御宮で官より造られる処は7ヶ所と云う。
日光山、久能山、上野、紅葉山、仙波、世良田、船橋(太神宮の坐す地である)である。
光山以下世良田までの御宮は、何れも御厨子は3つあると云う。
これは御3代の尊儀ではなく、神秘の旨があると云う。
世にこのことを知る人はあるだろうか。

 ただし船橋の御宮は御厨子は1つだと云う。

 また因みに云う。
林氏がかつて云ったことである。
御宮が諸国に今ではおびただしくあるという。

 その内官を経て造立するものがある。
全く私造のものもある。

 官の御役人が遠国に行く時、官を経た御宮は礼拝する。

 私造の事を官に問い合わせると、たとえ壮麗な宮居でも礼拝しないのが作法と云った。

巻之30 (30)  一ノ谷から聞こえてくる声

 須磨浦の右方の山ぎわに平敦盛の墓がある。
その辺りには松が群生している。

 左は浪が寄り一面の渚である。

 佳き風景である。

 かの墓の向こうに茶店がある。
蕎麦を売っている。
旅客がきて集まり、歌をよんで賑やかである。

 これより山の方を見ると、一ノ谷、鵯越(ひよどりごえ)である。
遠目だが、険しさがわかるだろう。

 また松の森には所々紅色がある。
「あれは何なのか」と尋ねると、躑躅(つつじ)の花と答えた。

 汀には白浪が寄せるに、山には紅が所々見えるのを、源平の旗に見なせば、方位は互いに違えていると興じている。

 その後ろでは播州竜門寺の僧、奇哉に邂逅した。
談は一ノ谷のことに及んだ。
彼曰く。墓前の茶店の夜は寂然としている。
墓のあたりは、海辺も山ぎわも人の声があって、戦の様であるという。

 それで怯えて、人が居ることはないという(『東行筆記』)。

巻之32 (3)  鴨長明は来たか、来なかったか

 鴨長明が、美濃国恵那郡遠山庄岩村に字りょうげと云う所にいたという。
小さく高い所に杉を栽培し、傍に八幡の祠があった。
ここには老杉があったという。

 土地の人はここを長明の墓所であると云っている。

 伝説では長明が諸国を巡行し、ここで、

 思ひきや都を遠く立出て
      遠山のべにゆき消んとは

 とよんでいるが辞世であると云う。

 何ぞ書に徴しているのか。詮索はしない。
歌も拙い。
実か否か未だに定められないと林の言葉。

巻之26 (9)  西国における禁詞

 今年春(癸未)4文銭が新鋳された。
これまで西国では行われなかったので、(今回も西国では)行われないと聞こえてくる。

 つまり西国は海運を専らとするゆえ、銭の裏に波文があるのを嫌うとのこと。
およそ舟子の輩は、船に波が入ると云う詞を忌むので、これまでこの銭を輸送しなかった。
だから大阪以西に4当銭はなかったと云う。

 航海の舟子は禁詞が多い。
波入ると云うのは殊に嫌われるのも宜(むべ)なること。

 今度の新鋳銭は、明和(1764〜1772)の旧鋳に比べると尤も粗悪である。
明和にはじまった銭文を、寛永(1624〜1645)としたのはどういうことか。

 近年新鋳の2分判金の裏に、光次花押(後藤庄三郎、近世日本の金座の当主。御金改役に与えられた名称。世襲制の家職)とあるのも同例である。

 光次、死してほとんど200年経つが、新制にその名の押があるのはに、光次は黄泉の下で如何思うだろうか。

巻之26 (10)  町人を騙した宮侍

 近頃東叡山(寛永寺)の宮の侍が9人ほど、宮から追放されたと云う。
そのゆえを尋ねると、ある町人が宮のお目見えを願うので、侍どもが取り次いだという。
町人が云うには、幾多の金子を納れば謁見を許されると。

 町人がその金子を納めると、やがて日を期して、町人を引見した。

 後に聞くと、9人の侍の中に宮の御服を掌(つかさど)る者があったという。
ひそかに宮の御服をとり出して、自らその服を着たという。

 正面に坐して、その余は左右に伺公して町人を騙したという。

 その納めた金は、侍どもが配分した。
宮の知るところではなかったが、後にこのことが露見して罪をうけることになった。

巻之28 (24)  某の覚悟、種々ある覚悟

 人の覚悟は種々あるものだ。
ある人が宴席で語った。

 当春に大的上覧のとき、某のと云う人が、的に向かい弓を打ちあげた。
手はぶらぶらとしてじかに後ろに倒れた。
両足は天に向かう有様だったという(これは例射術上覧のとき気後れするので、内々に酒を呑んで気を大きくしていたという。
この人も酔が過ぎていた)。

 人々は騒ぎ、病だとして御前を立ち退かそうとしたが、その人は従わなかった。
「射術上覧の為に出たのであって退かぬ」と云って、やはり矢をつがえ的に向かった。
が、手先が定まらぬと矢さきも狂うもので、「危うし!」と番頭なとか出てきた。
御目付も出合い、ようやく休憩所にひき戻し、それから帰宅させた、ようだった。

 久しくして酔が醒めかつその事を聞いて、たいそう恥ずかしく思ったが、そのおさめる知恵がなかった。

 ただ呆然としていたが、数日して決心したのは、「われは御前前にてこのような失態を演じてしまったが、そもそも酒が元であった。
この身はこれまで!人に向ける面はなし。
この上は他になし。死するのみ!」と云った。 

 それからというもの日々酒を絶やさなかった。
勉強豪飲、遂に酒により病になり、死んだという。

 これは当人の安心決定であるけれども、他に道を見いだせなかったか。

巻之31 (14)  信玄太鼓

 『兵要録』を講ずるときに。
一学(市川)が云った。

 遠州浜松の俗だが、今は盆踊りのときに太鼓を打つのだが、その拍子を信玄太鼓と云う。

  ドンドンドンドドンと、はじめの三節はゆるく、後の一節はつまる。

 かつてこれを澹斎は考えた。
「これは信玄とは関わりはないと思う。この様な話はよくあること。信玄が堀江二股の城を攻め落として、味方原に押し出るときに、味方の勢いをます為に、曲を打って気力を起こしたと伝わったのではないか」といったと。

 いかにも長沼先生の説、従おうではないか。

(注)
長沼 澹斎(ながぬま たんさい、寛永12年5月28日(1635年7月12日) - 元禄3年11月21日(1690年12月21日))は、江戸時代の軍学者。長沼流兵法の創始者

巻之22 (29)  安芸の宮嶋には狐つきなし

 安芸の宮嶋には狐つきがある事がない。
また他所の人が、狐につかれた者をこの嶋につれて来ると必ず落ちる。 

 また狐つきの人をかの社頭の鳥居の中にひいて入れると、苦悶大叫して狐がそく落ちると。

 神霊はこの如くである。

 近頃わしの小臣が実説だったと云う。
これに依ると昔浮田の女(むすめ)が、あばれる狐がおちないので、太閤が西国四国の狐狩りをしようと云ったかどうかは疑わしい。備前宮嶋からの距離はそう遠くはないが。

 秀家が鼻の前の神験を知らずに、愁い鬱々した日を重ねたのは、いぶかしい。

巻之22 (30)   神の使いの鹿

 肥前の領内に沖の神嶋という古蹟の霊場がある。
ここは鹿が多い。里の俗に「ここの鹿は神の使令であると共に殊に愛されるものたちである」と伝わる。

 だから農夫猟師も、かつて神堺に入って捕殺する事はなかった。
この辺りでは、鹿を得るのに、いつも鳥銃(てっぽう)でしていた。

 わしの士に某の者がいた。曰く。
「神領の中といえども、もと獣の類ではないか。これを取るのに、何かあるか?」。
その友は固く止めたが、聞く耳を持たなかった。

 1日、鳥銃を持って、かの神領の中に入ると、鹿はたちまち出てきた。
士は、即ち一発撃った。その腹に中(あ)たった。

 鹿は驚かない。士は、中たらなかったと思ったので、再び撃った。
鹿の腹にあたったが、鹿には何事もない。

 士は何が合ってもこれを撃とうとした。

 すると無数の鹿が山中より現れた。
士はここではじめて驚いた。
「神の所為、その罰がくだるかも知れぬ」。

 鳥銃を負い走り、その場を離れ、家に着いた。
友は何事かと声をかけた。
「おまえ、どうしたか」。士曰く。「別に何も」。

 友曰く。「顔色が悪いよ。まるで土みたいだ。山中で何か怪魅に遭ったろう」。

 士は、観念して起こった事を全て話した。

 この様な奇異が起こるのは、ここの鹿が神の使いである証しであろう。

巻之23(27)  鷹が巣くった所には必ず名ある器を置いておくもんだ

了円翁が、外山家に居たときのこと

 高位高官の某の卿が筆道を好み、習学を怠ることがなかった。

 その軒先の庭の樹に鷹が巣を結んでいたと。
卿はこれを喜んで、園丁に「巣を大切にして、(その暮らしの)邪魔をしちゃいけないよ」と戒めていた。

 数日して、雛はやや大きくなって、父鳥と共に巣立っていった。
そして再びもどることはなかった。

 卿曰く。「鷹が巣くった所には必ず名ある器を置いておくもんだよ」。

 さだめてこの中に(鷹の巣が)あったと、人に観せていたが、果たして一軸を遺した。

 すなわち取って見ると、卿が嘗て所筆していた手帖である。
卿は大いに驚いて、親しく想い、ついには家蔵にした。
 
 今、その家はこれを鷹巣帖と名付けて伝えている。
子孫は重ね重ね宝として大切にしていると云う。

プロフィール

百合の若

Author:百合の若
FC2ブログへようこそ!

検索(全文検索)

記事に含まれる文字を検索します。

最新の記事(全記事表示付き)

訪問者数

(2020.11.25~)

ジャンルランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
1143位
ジャンルランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
157位
サブジャンルランキングを見る>>

QRコード

QR