例の長崎より官に贈った天保5(1834)年甲午の紅毛風説書を視に、その末に積荷物を記録しながら、常例の次、別載を記す中に鳥獣の末に在る麝香猫(ジャコウネコ)の欄がある。
わしはこう思う。これまで画がかれたこの獣は、猫の形をして尨(むくいぬ)の毛をしていてその状態は愛らしい。
それで書を長崎の留守宅に(人を)遣わして、江戸に取り寄せた。
霜月に手元に着いた。曰く。既に浪華の人は得ていると。
また数金で手に入ると。その獣の容貌をありのままに写して書に附した。
『和漢三才図』の図を閲覧すると、麝香猫は、漢名霊猫、また麝を図にしたものは長崎の図に似ている。『三才図』は何を見て描いたかわからないが、何かを参考にしなければ出来ないだろう。
すると今麝香猫と言っている物は麝(ジャコウジカ)なるものだろうか」。
『本綱』集解を見ると、麝の形はの麞(ノロジカ)に似て而して小さく、黒色だと。常に栢(かしわ)の葉を食う。また蛇の嘴をして、その香は正に陰茎前皮の内に在り。別に膜袋が有ってこれを包む。
これらによれば、長崎の図に見える股の後ろに挟む睾丸如きもの、陰茎前皮内の膜袋と云うものか。
また長さ2尺5,6寸ほどと有れば普通の犬のようなもので、小獣ではない。集解の麞に似てかつ小というところであろう(『三才図』もまた同じといえよう)。
これについて話が1つある。かつて淇(き)園先生が語ったと記憶がある。
日向霧嶋山中とか飛騨の山中に、1人の猟師がいた。
疲労して岩を枕にして臥していた。すると何者かが股間より腹上を歩き面を過ぎると驚いて目が覚めた。
見ると犬のような獣で黒色である。
猟師は驚きこれを撃とうとしたが、はや走り去り行方はわからなかったという。
それでその跡を追うと香気甚だしく馥郁(ふくいく)として鼻を撲(う)つ。
しばらくしてなおその香を残すと。
識者は云う。これは正に麞かと。
大きさかつその色は、集解及び前図と違わず。
すると吾が邦(平戸)も、山中には稀にその獣がいるか(集解に云う。
麝は中台の山谷、及び益州、雍州の山中に生ず。
また云う。今陜西、益州、河東諸路の山中にみなあり。
また云う。商汝の山中、麝多し。時珍が曰く。
麝は山に居る、麞は沢に居る。これを以て別のものと為すと)。
〇また吾が邦では古来より画家の伝る図が存在する。下に出して一々説明しようと思う。
〇まず(3匹の獣の図、後ろに大きいもの、前に2匹小さいものの図)画家洞益の紛本である、益曰く。麝香猫の他に、また麝香狗(いぬ)と云う物があると。その図下に写した。これは麝香猫と云うが霊猫(ジャコウネコ)とも表す。集解霊猫の条にある。
〇霊猫は南海の山谷に生ず。姿は狸の如く、自ら牡牝を為す。その陰は麝の如く、功もまた相似たり(これは画では分からず)。
〇『西域記』いに云う。黒契丹にて香狸が出る(霊猫1匹)。文、土豹に似たり。(土豹とは如何なるものか。図には豹文はなし)。
〇『丹鉛録』に云う。予大理府に在りて香猫を見る(また1匹)。狸の如し。その文金銭豹の如し。これも前と同じ。
〇『南山経』にいう亶爰の山に獣有りとは何か。状狸の如ししかも髦(たれがみ)がある。その名を類と云う(類また1名)。『釈名』に は冒(おお)うと。頭頸を冒うのを覆ると見えるのは、図に毛を長いものはこの状態に合致する(図は大きいものが左に座し、小さいものが右に2匹いる)。
〇これはまた1種のものである。決して元より(人間が)所有してはならぬ。
〇この麝香狗(いぬ)の図であるがその初め所伝あって画けぬ。猫狗何れも尻尾は尨している。長崎舶来のものは尾は尖っている。また麝狗というものは『本綱』及び和書には未だ見ていない(あごを搔いているものの図)。
〇これは獣の児の体である。もしくは前の麝狗の子か。これも画家の伝えるところ(最後の図)。




