能の狂言に『墨塗』と称するものがある。
その趣はある顕者(富貴な人)があって、加恩(禄などを増し与えること)のことに依ってその邑を去って主君の許(もと)に赴く。
愛妾があってその別れを惜しみ、落涙すること数行、顕者もまた視てこれを憐れみ、ともに涕を流した。
太郎冠者が後にあってよくこれを見ていると、妾は窃かに鬢(ビン)水入れを置いて、その水を眼辺に浸し涙にして欺いていた。
顕者はこれを知らないものだから、増々情深く思う。
太郎冠者はこの状態を告げた。
顕者は信じず愈々悲しんだ。
冠者が漸々とこれを示していくと、迺(すなわち)冠者の言う通りだった。
顕者は心の内で怒りを覚えた。
それで冠者の策に従って、かの水入れに窃かに墨汁を入れた。
妾はそんなことは及びもつかない。
涕(ナ)くこと切実であり、眼辺は悉く黒くなり、顕者及び冠者は大いに笑った。
妾は2人が笑う訳が分からない。
却ってその笑いを無情だと益々泣く。
顕者曰く。
「わしは、はからず遠くに行くが、その間の形見として、汝に我朝夕の鏡を授けよう。わしを見るようにするとよい」。
妾はこれを聞いて、「あなた様の心が離れてしまうのが堪えられません」と声を上げて泣く。
顔色は黔黒(くろぐろ)している。
そしてその鏡を見ると、面は烏の如し。
妾は即冠者の所為なのを怒り、かの水入れの汁を冠者の面に塗り、更に顕者にも塗った。
それで3人の顔は、悉く墨痕斑汙の状態であった。
顕者冠者は走って逃げる。
妾は追って幕に入る。
観客はみな拍手をせずにはいられない。
後、『源氏忍草』と題する近作の書があるのを閲覧すると、末摘花の巻に、
「此平ちう(仲)といふ人、女ばうにあはれみ泣体をしてみするとて、硯の水を目に塗りてたらしけるを、女ばう心得て、其水入の中へ墨を摺入て置しを、平ちう夢にもしらで目に付ければ、顔うち墨になる。其時女、平ちうに鏡を見せて、
我にこそつらき心をみすなれど
人にすみつく顔のけしきよ
とよみしとなり」。
〔源氏の正文には、「へいちう(平仲)がやうに色どりそへ給な。あか(紅)からんはあへなんとたはふれ給さま」とのみあって委しからず〕墨塗りの狂言は、
この源氏が本拠になると思う。
○『湖月鈔』の頭書に、平仲は平貞文が字(アザナ)である。
儒者になると、字といって名を付けることがある。
氏の片字を取ってつけるのだ。
『河海抄』に、『宇治大納言物語』に云う。
貞文がある女の許に行って、泣きまねをして硯の水を懐に持って目を濡らしている。
女が心得て、墨を磨(ス)って入れられたのを知らず、また濡らしたので、女は鏡を見せて読む。
我に社(こそ)つらさは君が見すれども
人に墨つく顔の景色よ
『大和物語』にもこのことがあると云々。
『弄花抄』河内守本には、硯水を紙に濡(ひた)してとある云々。