三篇 巻之49 〔8〕 伊勢音頭

 伊勢音頭と云えば、世に名高く聞かれる。先年わしの(お抱えの)角力緋威(ひおどし)は、かの地へ往ってこの躍(おどり)を観て、聞いた唄を聞いたことを語ったが、今に記憶したことを茲(ここ)に書き表す。
かの地古市と云う所の娼家は、坐鋪に上がり、酒肴を連ね、坐客と歓談する中、その居所上へ揚がると思うと、即ち台(うてな、高い建物)のようである。

 とすると婦女小大が雑じり、唱歌に随て帳の中から連ね出る。出れば廻って行きその坐台を繞(めぐ)り、しばらくしてまた帳に入る。

 これは所謂音頭で、その唱歌にようなものは未だ知らないが、当年善竹が遊行した土産として、種品を贈る中かの唱歌があった。
因みに茲に記す(古市には娼家が数件ある。因みに唱歌のようなものは家毎にあって、歌い方は一つだけではない。
すると家毎の音頭によって連舞するとのこと。人々よ、そこの意味をくみ取っておくれ)。

 伊勢音頭
                  いせ古市   かしはや安左衛門
 松風むら雨
たびすがた、坊主ももとはひげをとこ、仏ももとはゑびをりに、むかしおとこのゆきひらめの、松にあんぎやをゆきくれて、木のしたかげをやどとせば、こよひのあるじまつかぜと、よ所(そ)に聞ても袖ぬらす、そのむら雨のふりあわせ。
たしやうのえんとかんきむの、おひをいほりにすまのうら、一夜ねざめの浪まくら、うつつか夢かあらはれて、なだのしほくむくむうき身ぞと、みれば月こそ桶にあれ、つきはひとつ、かげはふたりのうつくしさ、ぞつとみにしむしほがまに、のどかわかせて旅僧も、かたづをのんで松島や、をじまのあまの袖ならで、これはまつ風むら雨か。
しほやきころも色かへて、かとりのきぬのうら見ても、かへらぬむかしなつかしき、ゆき平の中納言、三とせはここにすまの浦、都のぼりのかたみとて、御立えぼしかりぎぬも、うすきちぎりとおもはれて、是を見るたびにいやましの、おもひ草、わすれ艸にもかたみこそ、いまはあだなれこれなくば、忘るるひまもありなんと、うたにもよみつしほくみの、ふかきおもひのものぐるひ、あれあれあれに我おもふ、御立すがた若みどり。
いやとよそれはそらめぞや、あれは松にてありはらの、その人にしてはなきものを。
うたての人のいひごとや、松こそ恋よ待人よ、まつがこひならまつかさも、すててもおかれずとればまた、かづくひぢ笠たちわかれ。
帰こんとのことの葉の、いろはかへねどよそに吹、それはいなばの遠山松、これはなつかし君ここに、すまの浦わのまつの雪。
ひらさらとまらんせ、よその娘とほかの女郎衆と、あほうらし、なんじやいな、我は木かげにはら立なみの、そなれ松なつかしや。
松に吹くる夜あらしに、ゆめはやぶれてたびごろも、むら雨とぬれしもかさ見れば、松風ばかりぞのこりける、千代よろづよもへ。
                   古市  すぎもとや彦十郎 菊寿楼
  きくのことぶき
神風の、いせのふるいちふるごとの、そのやま水をいまここに、汲てぞしるき菊の酒。
飲めばときめき気もうかれ、さいつおさへつさかづきの、数も八重ぎくやへかさなれば、しどけなりふりみだれぎく、裾の紅粉ぎくほらほらと。
はぎの国ぎくあらはになれど、仙家の客はよそにのみ、見てややみなむ床入は、しばしいは戸の恋のやみ。
はやせやはやせや笛太鼓、つづみがたけの鶴の声、ひく三味せんや琴箱の、ふた見とけさはわかれても、夕べはまたもあふむ石、いとしといへばいとしと答ふ、ながれの身にし五十鈴川。
清きこころのまことつく、寝やのむつごといひ過て、唇さむし秋の風、あちらむいたるかた葉のあしの、ぴんとすねては見すれども、中なほりすりや浜萩の、はまの真砂のつきせぬえにし、ふたつ枕のいなおふせ鳥、屏風のうちはなにごとの、おはしますかはしらねども、ありがたさには万年の、
後ちのいのちは君次第、しやらりくらりの千早振、神のかしこきめぐみをとめて、いつまできくの宿ぞひさしき。
  四季寿
あさみどり、はなもひとつにかすみつる、おぼろに見ゆる春の夜の、
月のうたふや常盤なる、まつといは根にむすこけの、よろづをかけしふぢなみの、うつろふはなにはるくれて、夏来にけらし白たへや、卯の花ごろもふりはへて、
袖が香したふはな橘の、そのいにしへをしのび寐の、夢におどろくほととぎす、月のかつらのはなになく、げにおもしろのけしきやな。
ながめはへある秋の野に、ちとせをすだくまつむしの、こゑになびけるおみなへし、われおちにきとよみおきし、かの僧正のたはぶれも、
むべ山風にうつりゆく、雪のはたてもさだめなき、しぐれふりつつさをやまの、正木のかづらいろまさる、栄えをここにとしつもる、
ゆきのしらゆふかけまくも、かしこき御代にすむぞうれしき。
                     古市  あふぎや
  はなあふぎ
たそがれに、それかとぞ見るしら露の、ひかりそへたるゆふがほの、はなをむすびしひあふぎに、こひのつなでをなひまぜし、
すのすき人の手にふるる、つまくれなゐのあらそひも、さわらぬなかのやなぎさへ、そよとうははきの吹くれば、
ともにいろどる紅梅の、みなくれなゐに猩々の、乱れしあしもとりなほす、こころのかなめしつかりと、さますあふぎのはしならば、
わたすそなたもまつよひの、月夜のかまもしんぼうは、あふぎがやつの戸ざしして、まだあけやらぬくだかけの、こゑもとがむるてんをちゆうの、あふぎはきつとかどたちし、 すみまへがみのおりめよき、てがらをなすのよ市とも、さとに日のでひのまるの、あふぎもすぐにまひのての、さしひきはよき観世水、すいな模様にてふとりの、
かろきてくだはうすずみの、くさもはれゆくすず風に、もとのしらぢのおとなしき、ゆるがぬまつの若みどり、ごくさいしきの鶴と亀、はでをゑがきておやぼねに、見するにしきのうちかけは、かはらぬいろのへ。
                      古市  備前屋小三郎
  さくら襖
さくらばな、たがゑがくにもさかりとは、いひあはさねど人ごころ、うつりやすさよ世の中の、こひはつぼみのひらくまで、はつとうきな名をながしては、きよくすいむすぶ谷かげに、ちりもはじめぬ一木には、たれもめをやるまくのうち、てうしのたかい三味せんに、ざとうはちるをまちがほに、うぐひすなけばほほゑみて、ふりそで口あでやかな、
かざり車や御所車、御むろあたりの夕暮に、はなのかほ見るたのしみも、かづきひとへにせきの戸に、人めなければ一えだは、手をるこころをいだかれて、えんをむすぶの短冊に、風一吹のちりぎはを、とよむはやまのわらびども、げにや名をおふあらし山。
あからめなせそあさぼらけ、明はなしたるつぎの間は、さかのをかよふ人かすむ、こずゑにかかる一すぢの、かすみはふでをかすらせて、
そらいろうつる大堰川、あをきはきよき水のいろ、しろきは滝の清水や、北野まうでの沓のおと、たちもつちごのたはむれに、
くらまの山のふこおろし、はるかこちらはむらさきの、まくうちはへてがくのおと、花もきき入ふぜいにて、
一日かさのもりをして、ひとりしづかに寺のゑん、へりとりかりてうしろ手に、つくづくおもひめぐらせば、ゑそらごとにも花咲て、みもある御代のへ。
                 (行本『伊勢参宮名所図会』に載せた図と頭書)
    伊勢おんどはめづらしき事、始めて委しく見たことよ。珍々重々。以上。

78728_n.jpg

古市(図参照のこと )
昔の市場である。今諸国に三日市、四日市、八日市とど云って、その日をきわめて市をなす名が残っている。
市は近国近郷の商人の集まる所で、必ず遊女があって旅人の愛を慰める。この湊船着きなどに同じ。
扠(さて)この古市も間(あひ)の山の内で、前条に云うように間の山の節をうたうもので、物あわれなる節なので、いつの頃よりかうつって川崎音頭が流行して、これを伊勢音頭と称した。
都鄙とともに華巷のうたい物となったけれど、この地の調は普通に越している。
これは神都風土に協(かな)うものか。
尤も古の文儀ははなはだ雅である。
今も年々新作を出している。
 伊勢音頭   
※以上図関連のこと。



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