三篇 巻之12  〔10〕 昔の蛮製の大砲に思う事 その2

 平戸の士が語った。
 領邑に伝わる蛮流の大砲術を、先年試したとき、打手の某等の所為を思うと、石火矢台の後、土俵2,30を積んだ。
また近くには縄張りをして人を止め、4,50間の処にも『筒後用心』と書いた札を立てた。

 この他に火門に火をさすには道火(導火線)を設けて、火をつけ3,4間も走らせ発鉛を待つ。
話す者も少年のときのことで、これを観て大砲術はおそろしき物と思った。
が、天山などを知り、わずかな距離なら大丈夫と。
1人曰く。
先年新たに天山筒を改鋳するとき、古く蔵に入れていた蛮筒が出て来て、500目と300目とを冶崩して、1貫目の銃を製作した。
よく視れば、孔の中も直らず、筒尾のネジの処を穿ち通して除き視ると筒が邪魔をして孔中の首尾違うこと半輪月(半月か)のようだ。
古代蛮銃の大方はこんなものだと。
またある人が云った。
古代の蛮銃は、今のように必ず田間を孔中に合わせ、遠間を打ち物を貫通するのをあまり期待していないと。
急発のときは、小石の塊等を数多取り込み、硝気を醸して散撃するとのこと。
また我が武庫旧蔵の蛮弾の多くは鉄玉だが、銃口と比べるとみなかなり小さい。
これ等を布にくるみ孔中に納るるとぞ。
すると必ず激噴して貫通するは期待できないか。
ただ発射して物に当たればそれでよしとなるか。
終わり
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