続篇 巻之70 〔10〕 能と歌舞伎の間には

 この度勧進能が当年初日正月16日に、道成寺の能があったときのこと。
わしも往って観たが、群衆の中に芝居役者共も往々忍びで来人に混じっていた。
これは能の業を見覚える為と聞いた。

 このことで思い出すのは先年上手と謂われた京優中村富十郎(俳名慶子)が、当地の名残といって道成寺を歌舞伎に為したとき、ある能役者がひそかに戯場に往って見物した。
これを評判して云うには「哥舞伎の道成寺は能の本式には届かぬ」と哂(わら)ったが、ある人がこれを富十郎に話した。
富十郎は「我等の様な者の道成寺は、とても卑賤の身分ゆえ、とても本式には届きませぬ。この様に評されるのは如何かと思うが、御目のとどかぬことであります」と苦笑した。
これを聞いた人はまた能役者に告ったが、その人は恥じて赤面したという。

 わしも少年のときに、この慶子の道成寺を親しく見て今も記憶しているが、仕手、囃子いずれも揃っていて能に見劣りしない。

 けれど間々違うことがあるのは哥舞伎の体である。
すると能役者の評は一概(強情な)の言い分である。
楽翁老侯釈教(釈迦の教え)の歌に

 吾国の弘き教の中なれば
     仏の道もあるにまかせて
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