巻之23 〔28〕 世にも恐ろしきは

 平戸城下の酒屋に、何れからか奉公に来た下男が云ったと聞いた。

 「世にも恐ろしきは侯(静山公か)だね。おれは以前海道辺りに住んで夜盗で渡世していた。
盗みの仲間も数人いたさ。で、夜毎に道側の高い処で寄り集まって博奕なんかをしたさ。
その辺を往来する者がいたら追いかけて荷物を奪っていたさ。ある晩の事、1人の御侍が通りかかった。
見るからに金子も懐に持ってると思えた。で、出て行って俺らは見ての通りの貧乏だあ。
その懐の金子を俺らにくれないかい?」と云ったのよ。

 で御侍は何と云ったと思いかい?
「なるほどこの懐には金300両がある。望むなら遣わそうか。
けれどこれはこの辺の大庄屋借財の返金ゆえ、今夜返さなければその家は潰れるのだ。
だがどうしてもと云うならば遣わそうではないか。
ならば手先にで勝負をして勝った者の所得としよう」と云った。

 俺たちも若いときでなあ、御侍のいい分も大したとねえと思ってな。
ならばと立集まって、御侍は金300両をその辺の松を高さ8,9尺ばかりの処に引きためて、金300両が落ちないように結いつけた。
御侍が手を離すと結わえた金子は梢の上にはね上がり、手も届かない処にあった。

 それからいざ勝負となって、帯びた両刀を抜くと、博奕仲間が5,6人立ち会ったが、見る見るはや2,3人を切り倒した。
みなは大いに怖れて逃げ去ったのよ。

 御侍はは残った1人を目掛け切り付けたら、手負った後へしざり引いたら、から堀があるのを知らずに落ちてしまった。
御侍はそれを追いかけ、独り言を云うには、「はや死んだろう」。闇の中刀を堀に入れて探り見た。

 堀の男は動けば即殺されると、息を止め臥していた。
御侍が云うには、「これもくたばっちまったな。心易いことよ」と、上から小便をしかけた。
それから静々と松の金子を解いて、それを懐に入れて去った。

 これを見ると驚きがいや増し、後影の見えなくなるのを待ってから堀から出て跡も見ずして逃げ帰った。
それからというもの盗みも命があってのことと思い、盗みはふつふつと止めていった。

 で今はこの様な身の上になっているのよ。
今思い出してもなあ、侯は如何にも血気盛んな不敵の御方だよ。
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