続篇 巻之98 〔1〕 多遅華(タチノハナ)、虎杖(イタドリ)、接骨木(ニワトコ)に思う

 『日本紀』の反正紀に、「天皇が初めて生まれ、ここに井戸があった。これをくんで太子を洗う。時に多遅(タチ)の華が于(ウ)井の中に落ちてあり。多遅の華というものは今の虎杖(イタドリ)である」とあるのを、萩長は虎杖を接骨木(ニワトコ)の花だと云う。

 わしは既に『紀』に虎杖とあるのを見たが、今新たに接骨木という事は、非だろうかと云った。
否、古にも虎杖と云っていましたし、古の誤りかどうかもわかりません。なぜならば
接骨木を九州では『タヅ』、日向では『タヂ』、上州は『タヅ』、下野も『タヅ』、武州の西方は『タヂ』、中国も『タヂ』。
すると『ヂ』と『ヅ』は音通りなればだな、と。
如何様この説もまた誣(し)いいるべからず。だから後考に備う。

 『啓蒙』にある。
「接骨木、『タヅノキ』『キタヅ』の木は深山には多く自生している。人家にも多く植えている。高さは丈(1丈で約3㍍)、余り、枝は方々に茂り、木はねじれて綟木(ネジキ)の様である。冬は葉はない。春初嫩芽(春の初めに若芽がでるの意)の中に蕾を含み、形状を観たいもの。採って花瓶に挿した。既に発するときはよくわからない。葉は紫藤の葉に似て、大きなものは鋸歯の様で対生(葉が向かい合って2枚出る)する。枝梢に花を開く。小さいものは白い。数百まとまって傘のようである」。

 『和漢三才図』にある。
「接骨木は人家の間垣に植える。3,4月に小さな白花を開き、集まって枝になる」。
『啓蒙』には、「虎杖は深山に生じ、最長大のものは春、宿根(多年草植物の地下部)から苗を発する(これはわしの荘中にも多く生じる。だから山中のみならず人家の辺りも多かろう)。夏は葉の間に花を開く。穂をなして集まり群がる」。  

 ならば共に春夏に開花する。
これは反正帝降誕の御時と宣長の説のように、若しくは宣花の曽孫多治比古王、誕生の月を知りたいと思うが、旧史を見るところはない。

 それでも虎杖の花は葉の間に開くと云い、接骨木の花は枝梢に開き、数簇傘(数多く集まって傘の如しの意)の様だと云えば、中山氏の紋章(モンドコロ)の形に似ている。
だから今はこれに対して意見を述べることはできない。
後の人の考察を待つものだ。

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