続編 巻之一 〈五〉 相応の身柄に生い立ちた人でも心根いやしく一生を送る輩

祭酒〈林氏〉曰く。
人の風致と云うものは、自然に得て態(わざ)とすることが成らない所に見えるものである。
そうそうたる小禄の人で、今は芙蓉班顕官を勤る中で、甲は馬を好み、年巳に老いていき、朝々馬場で家来に馬を騎させ、それを見て楽しむ。
乙は財を惜しむ事をしらず、人を救う事に当てては、財を抛(なげう)ち泥土の様である。
だから借財山積しても屑とならない。
丙は好む木があって、その一種を二輪に栽て手入れする。
この広い都下の花戸にもその庭中にあるほどの物はない。
挂(かけるの意)幅もその木の図、料紙、硯もその木のまきえ、杉戸も明かり障子の腰も、屏風衝立もみなその木を描く。
その他諸器用、その木を取るしかなく、袱紗(ふくさ)、風呂敷までもその模様である。
丁は長夏の時に琴柱(ことじ)を立てて大机の上に置いて、風が来る毎に自然の音声が鳴るのを聞いて娯みにしている。
午睡するときも必ずその辺に於いてやっている。
これら相応の身柄に生い立ちた人はいかほどにもあるべき筈のことである。
わずかな家録で育つ人には出来ないことである。
これ自ずから福分備わっていて、遂に原禄百倍の足高をも賜って、衆人の上に立って、多くの属吏を使い、家内数十口の下男下女を雇い入れるに至る。
実に天から賜り徒然ならぬ事である。
どうやら大家に生まれた人の、あくせくと心根いやしく一生を送る輩が往々にしてあるのは、恥ずべき事ではないか。
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