続篇  巻之98  〔9〕 浜町岸で聞いた流人船のこと

 10月4日朝のこと、わしは浜町へ能を見にゆこうと、大橋を西へ渡った。
召し連れの女中は船で赴くが、早く往ってかの辺りの岸に船を着けている間に望み見たことを語った。

 八丈嶋へ赴く流人が元船の乗っていると誰かが云ったのが聞こえてきた。
上には昇旗(ノボリ)に「遠嶋者御用船」と書いたのを立て、傍には円の中に沢潟(オモダカ)の紋、下(シモ)に菱つなぎの昇を立てている〔これは御船手遠藤近江守の家紋で、この人の標(シルシ)だろう〕。
この船の辺りには引舟10艘いたが、各御用船と書いた小昇が立っていた。

 それより能を見る間だと彼是と話す中、人が言うには、「この遠嶋の者には、御旗本の人も居る、御家人もある。下っては游女の輩、あるいは虚無僧もあって、24人とか聞いた。八丈嶋は冬海で渡り難く、今年は新嶋に往って止まるとか」。

 我より作った罪ではあるが、その艱苦(かんく、辛苦)自ら想い知るのか。また女中が観たのは、元船を繋いだ辺りの岸上に、夥(おびただ)しい見物人と思える中に、(またわしの卑僕が云うには)見送りの人と思える人々が多く集まり、涕泣呼招、悶愁して見えるのは、みな別れを惜しんでいた。
それより元船を漕ぎだすときは、櫓で貝を吹いて、数艘の引舟が曳き出していたと。

 またその辺り万年橋の岸上には、遠藤氏の役屋鋪があって、その所には家紋の幕を打って、厳重に見えた。
これ等はこの辺りの人、またこれに拘わる向き向きは珍しくあるが、わしの儕(ともがら)は見馴れないこの光景に、殊に珍しく思えたのだ。
故にここに録する。

 因って思うには、定めし船中の人は、この時に至っては、別離に堪えられなければ、かの悪行を為さんととき、予めこれを念(おも)わば、このような遠島に赴くこともなかろうに、また虚無僧は、武士の隠れ家など忝(かたじけな)き神祖の御諚もあるのに、引きがえてこのような遠島に赴き、人の凌辱を蒙るも、この御厚志の末にも違える。
天罰を免れたい能よりも因果を目の当たりに見ることよと、思いめぐらせた。

 またこれに就いて云う。
「人の語るには、かの元船を見ていると、御旗本衆の家頼(けらい)と思えるが、主の刀を持って船に従い登った」と。
成るほど遠島に処しても、身分は身分ゆえ、こうも為すべきことではあるが、如何にも人目に恥ずかしいことではないか。
本立て道生ずと、聖者の宣いしも、事物に思い当たる。

 因みに思う。
章廟(7代将軍家継公か)の御時か、大奥の御年寄絵嶋が、淫行のことに罪に問われ、高遠侯〔内藤氏〕にお預けとなった。
あるとき侯の臣預り人に岡島某と云うが、絵島に申して、「定めし徒然に坐(ましま)すように。書を読みたければ云うように」と云えば、「では、『朱子語類』を貸されよ。読みたく(思う)」と云ったのを聞いて〔この絵島は博覧の聞こえあって、文学に長ずる人だった。
因って岡島もこう云ったかと〕、岡島即ち答えるには、「御もと今このような身になられて、『語類』を読まれるのは所謂後謂(おくればせ)ではありませんよ」と云ったと。
右の御旗本の刀を従えるも、この『語類』の比(たぐ)いではなかろう。

 また聞いた。「かの流人の輩は、船中では船底に集め、上の板具の所に錠をしめ、みだりに出ることを免れる事は免れない」と。
これは本当のことだろうか。
ならば男女貴賤同居することか。
また闇室群坐、かつ両便も如何か。
如何に罪人と云っても、不仁ではないか。
また不慈悲と云うべし。
聞き置きたくない事だが、記して事実をまたあらためたい。
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