巻之29  〔14〕 封筒の製作

 天瀑子曰く。

 世の中の物好きと云うものも、その時時に色々変遷していく。
20年前、手紙は全幅または反幅の紙で、斜に封する以外になかった。

 中流以下の所では、略して封筒を製作して、蝶鳥また七宝の形、紗綾(卍を崩してつないだ模様などを織りだした、つやのある絹織物)形などの絵を題面の四方に色刷りにしてたまに用いることもあるものだが、中流以上の人が用いることはない。

 あるとき橘千蔭(加藤千蔭、1735~1808、江戸時代中期から後期にかけての国文学者・歌人・書家)が草画の雁に雲をあしらった封筒を作ってわしに贈ったが、形や製が清雅なので、朋友の往復にも用いた。またわしは双鯉紋と蕉紋とを新雕(しんちょう、新たに刻む、彫る)して用いて、かれこれと取りはやす中、都下の上下、貴賤、僧女一同に封筒を用いることとなった。
今日に至っては、その絵様の変化千万を以て数えることにしよう。
これは瑣(さ、ささいな)小事といっても、目前にここ迄移ろうのもおかしなことに思われる。

  天瀑子より静叟(静山公)はやや長ぜり。
この封筒は、先大人世に坐(ましま)せし頃〔思うに明和(1764~1772)の末か〕既にありたり。
然ども暫時世に出て織る人も鮮(すくな)くして、尋(つい)で沈没せり。
かかるに近世の繁昌殆ど常行の物となれり。
これに拠れば天瀑の興るとせしは、隠顕三回してのことなるなり。
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