続篇  巻之13  〔1〕 吾が家統のはなし

 わしの家は古より今に至って、血統が絶えることが無かった。
先年家伝を撰したが、近頃肥州(静山公の後継)がまた『統胤譜』を作って、わしに校閲を乞うた。
かつおもうに邈矣(ばくい、遥かに思う)たる神武帝の崩〔丙子ひのえねBC585年〕より今ここに文政11年〔乙卯、1828年〕に到って、2413年。
恐れあるが、もと天潢(てんこう、天の滴)の流れに出て人臣となって、不肖清(静山公)に及んで89代、大祖左大臣融公の薨ぜし寛平7年〔乙卯、895年〕より今に至るまで934年。
公武合わせて34代。
天潢を言わば、忝(かたじけな)くもわしに及んで60伝。
左府公よりは31代。
永久の間、人の世の数はそう多いものではない。
憶(おも)い出すままに慎みて識(し)るすことにする。
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