巻之71  〔10〕 「田沼は大志ある男よ」

 林蕉曰く。
 御普請奉行 大河内肥前守が話した、と。

 実父である織田肥後守、御小姓組与頭を勤めた時、田沼主殿頭〔名は意次。老中。後不調法で御役御免となった〕は、奥より御小姓番頭を兼ねて、肥後守と相組んだ。
これまでの奥勤めゆえ表のことは不案内なので、諸事を肥後守をとり廻して勤めの向きを調わせるのを、田沼は殊に忝(かたじけな)く思い、やがて肥後守を推轂(スイコク、人の事業を助成すること)し、小普請支配に命じられた。

 因って肥州(静山公の後継)は、ある日田沼のもとに至り、今度の出身を厚く感謝をするその言葉に、この上もなく有り難く奉る旨を伝えたが、田沼は面色を改めて、「さても不良見なることぞ。拙者はこの様に勤めているが、老職までなる心である。そこ許は高は高であるから〔肥州は持ち高三千石。田沼このときは三千石以下であった〕。
いかほども升進(しょうしん、昇任)あるべきなのを、この度でこと足るように心得られるのは、さても見さげたことよ」と、苦々しく言った。
果たして遂に大用(大きな働き)されて、その言葉の如く老中までになられた。
田沼は「最初から大志ある男よ」と(世間は)云ったとよ。
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