続篇 巻之28 〔9〕 三月の大火を房総より望む

 ある釣客がわしに話したことである。
 今年三月廿日の暁七時(午前4時頃)に舟を出し、房総の嶴渚に往こうとして、風順もよいので漕いでいけば、おりふし東北の風が四ツ(午前10時頃)過ぎる頃よりはげしく、一瞬の間に、南総竹が岡になっている烽(のろし)火台の処に舟を寄せて、それより浦川に渡るため、ここは南には安房の洲崎を観、西南には伊豆の大島がはっきりとみえていて、景色よき所である。
だが波が荒れているのが甚だしく、あれこれする中に、遥かに江都に方に当たり、白く、黒くわずかに赤みある雲が棚引いていた。
その形は蓋(かさ)に似て、裾は弓を張ったようにしている。
その臨む姿は、山の頂よりこの雲は立ち昇っている。

 ここよりは江都まで海路三十里もあるだろうが、直径には十六七里もあるかと。
土地の漁師も未だこのような雲状は見たことがないという。

 またこの北風の烈しいので、雲が地方(じかた)の添うのも怪しいと云う。
こうして岸辺に沿って掉さして南総を回ると、書片の焼け散った、或いは故綿(フルハタ)が焼け残って煙ったものなど、余多(あまた)空より降ってきた。
これは風に随いてさそわれ飛んできたのだろう。

 やがて舟は御坂と云う処に着いた。
ここで浦人等が言うには、「これは江都の火事だろうが、まだ定かでない」と云った。

 幡沢と云う処にしばらく舟を寄せた。
ここは向うに走水の先を見る〔ここぞ日本武尊の御船の危うし!の所である〕。

 ここよりは江都は掌果の様によく望むことが出来る。
時は夜の五ッ(午後8時)過ぎである。
かの弓張る様な雲と見えたのは、佃島に火が移る煙であって、これより本船(モトブネ)共に火が遷ったものとみえる。

 浦人はわかるのか、今は築地の門跡に火がかかったなど云い合っていた。

 また思う。
正に地獄の絵を見るのと同じであったかと思う。
その体は、海上に大団の一猛火の転出するようなものであった。
すでに木更津に磯伝いに歩いていきつつ、江都に帰った。

 このような劫災(ごうさい、壊却の末に起こるという、火、風、水の三大災)のとき、海上を隔てて望み観るのも一奇事と云える。
心ある人はこれを覚えていてもいいだろうと語り合った。
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