続篇 巻之50 〔8〕 浅草寺仁王門修復と竜巻のようなもの

 時は八月十二日、わしは能見物に往き留守であったが、翌日侍婢等の言う事を聞けば、昨昼過ぎ、天が俄かに空一面曇り、黒雲一むら引き覆い、一陣の風が甚だしく、丑寅(東北)より東の方小梅村に向けて去った。
後に人の話を聞くと、この頃浅草寺仁王門の屋根をふき替えていて、その日も屋根を取り剥いでいたが、何やら事が起こって天に上がり、雲に乗じて飛んでいった。
かの風雲はこの時のことであったと。

 わしはこれを聞いて思うに、その三四日前に大川橋を行きなが望むと、仁王門の屋根ははや取り除けてあった。
けれども能見物のとき、わしの棧敷の日よけ障子が俄かに風が起こったと思え、その音響は甚だしかった。
棧敷に居た輩は、正しく黒雲の立ち掩(おお)い、川を距てて飛行するのを目撃した。

 また後に雷神門前を行きすぎるとき、「十二日のことは如何にや」と、その辺りの者に訊ねると、皆知らないと答えた。
この様な事を近辺の人が知らないのは、虚説ではかも知れないと思える。
ある者は仁王門の側の茶店に聞くと門楼の上で六七年前縊死(いし)した者があった。
それより一切人も登らず、また闢(ひら)くこともなかったが、この度修復により楼下より取り掛かった。
はじめは作人(シゴトシ)のみ上がって周旋する中、大蝙蝠(おおこうもり)の翼一尺四五寸になるが、翼を張って向かうので、作人共は箒を持って向かううち、何処よりか猫に似た獣が走って来て、楼上の戸を蹴り破って飛び去った、すると忽ち黒雲は渦巻いて覆い、強風が吹き起こった。
その近い店舎の屋根板を吹き飛ばして四方へ勢いよく散じた。まるで竜巻だ。
けれどもしばらくして鎮まった。
これより作人の輩は冷静になると、払っていた箒も吹き上げられて無くしていた。

 みな驚き、楼を下ると、裸体だった者は、膚を爪でかき裂いた痕が多かったとぞ。
かの猫に似た物の行為か。
風の勢い、雲の気に懼(おそ)れた間のことだったとぞ。
すると仁王門と雷神門との間はわずかなので、こうも咄が違えるものだ。

 またわしに左右する小文を出す。見ると左の如し。

 文政庚寅(文政13年、1830年)の八月十二日日暮れ時、黒雲蔚興して、北風颯至し、材木震い、砂塵を飛ばす。
時に空中の物有って瓢雪の如し、これを視れば則ち鳥なり。
その数幾千頭か知らず。
翩々(へんぺん、軽くひるがえるさま)として南に飛び去る。
俄頃して風罷む。

 一人がこの鳥のことを話した。
「鷗(かもめ)ではないでしょうか」と。
わしは嘗てこの鳥をことを聞いている。
竜巻のときは海潮や山湖の水を巻きあげて何処かに去ると。
因って思うに。
この海潮を高く巻きあげて、魚もまた数口その中に在る。
鷗もまた群れて魚を食しようとしたのか。

 また別の一人が話す。
「かの鳥は高く翔ぶと雖も、自ら物を争う状態ですよ、だから魚を食しようとなるのでしょう」と。
そうでは無いと(わしは)思うけれども。
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