巻之九十 一ニ 武家としての心得、隠老の身でも寒きときも劣らない

蕉堂(林述齋)曰く。
十一月朔日、若君様の御髪置お祝い式(七五三、三歳で行う)があった。
その五日はお祝いの申楽が催され、緖有志に饗が振舞われた。
よく六日は奉謝として老臣の邸宅を人々が拝廻した。
某もその中にいて帯同していると、大番頭の中の一人と書院番頭の一人が途中行合い、互いの乗る輿の戸を引いて会釈した。
見ると手炉に蒲団を掛けたものに手を入れていたが、にわかに手を出して会釈している。
両人はまだ中年である。
今冬は季節の動きが遅く、暖かく感じられ寒さを覚えない。
とくにその時は未の刻(午後2時)を下って薄曇りで風もなく、春陰の光景であったのだが。
これは何と形容すればよいのか。
いわんや武役専一の人達のこの様な振る舞いは興醒めであきれたものである。
近頃は何かあると人が軟弱に成り果てていると嘆かわしく思える。
某は今年六十だけど、まだ衣をゆったりと着ないし、炬燵に当たらない。
湯で手洗いをしないし、駕籠の簾を下ろさない。
また駕籠の中に火器を入れないし、家では障子を閉めることはない。
だからといって、寒を好むわけではない。
常にこうあらねば、物の役に立たないと思うからこそ。
さても世には不甲斐ない性質の人があるものよと、しみじみ一人ため息をつく。
蕉は儒家、わしは武家。
かつわしの齢は既に蕉を頼りに付従う七八。
しかるに今は隠老の身となっても、蕉氏のおかげで劣ることなくいられるのだ。
要するに蕉氏の嘆きは尤もなこと、千万かたじけないのである。
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