三篇  巻之20  〔2〕 寺嶋隠居に備前焼を贈り、隠の翁の荘で語る

 世に謂う寺嶋隠居に、かねて約束していた備前焼の巨(おお)獅子が年を経てここに届いた。
また久しく懇意の仲で同所の芸花(植木屋)平作に言いつけて、かの翁の持っていくように託した。
八月十九日に晴雨ともに贈るのがよろしいでしょうと平作が云って来た。

それでその日に八、九人に担わせ遣わした。
途中心もとなく、その警(戒め、備え)には非ずして、別に平作のもとに赴いた。
時は早爽に出ると、空は細雨が降って、長堤河畔の眺望は殊に心胸を洗う例えのまま、眼裡は甚だよろこばしい。

それから平作に到り、日々の間遠を述べて、雨の中閑然と故旧を語っていたら、隠翁より人を遣して曰く。
「少し前(さき)に堤上を行く駕がありました。人を使わして聞くと静山さまでございました。これを幸と存じます。拙荘を訪ねて下さいますよう、お願い申し上げます」。
わしは答えた。「連れと離れた場に往き、更に往きここに到っておるので、互いに行き合うたとはいえ、遠慮したい」と固辞した。
が使いがまたやって来たので、「ならば訪ね申す」と、雨の中隠翁の居へ行った。
到ると主の翁が迎え出た。
また久しくしていたと挨拶を述べた。
先ずその堂に坐し、それから楼上に登った。

晶障をへだてて外を観ると、長堤にて咫尺(しせき、貴人の前近くに出て御目にかかること)、人行が目の辺りにある。
その壮麗美構が言うに比なし。

金器玉翫は坐に満ちて、眺望佳勝を尽くし、草木水石の珍を聚(あつ)めている。
思うにみな寄せ集めの品物だろう。
主翁と楼上に並んで坐して、林泉の設を賞した。
またその話の中にて、「川向うの臨楼辺舎は、所謂仮宅であろうか」と問うた。
翁が答えるには、「そうでございます。されどもこの向う岸は仮宅はそう多くはないですね。山宿(やまのしゅく)聖天町のあたりが最も連なって御座います」。
わしが「某の菩提寺は、下谷広徳禅林の近所だが、ここに参詣のとき、しばしば浅草辺の仮宅の前を過ぎるな」と云えば、
翁が云う。「某あたりは殊に人行が多いけれども、山宿山谷(さんや)の路は人行のが少のうございます。されどもかの賑う浅草辺より、山谷あたりの寥地では還って飄客(花柳界で遊ぶ客)の遊来は昌(さか)んですね」と。
わしも拍掌して聞いた。

これより後の刻を述べて、辞し去った。翁もまた留めず。

雨も少々晴れた色を呈して、辰の刻(午前8時前後)荘に帰った。
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