続篇 巻之70 〔8〕 隅田川堤の木の梢に都鳥が現れた

 この頃〔天保三年、1832年〕、近里隅田川の辺りの人が版木で刷った一紙がある。
都鳥の姿が木の梢に現れた由である。
好事の世とはなったけれども、ただ都鳥と云う評判の高いままに、種々の話の種を為している。

 また既に一世の後に至れば、この編述の文ぞ、都鳥の木径をまた後世の談としよう。
角田堤樅の古木暴風の為に都鳥の姿をあらわす図(写真)。

 凧をあげる小児は風のないのを恨めしく思い、箔を置く職人は風のさいのを悦ぶ。
さいつ頃の暴風に、隅田堤の樅(もみ)の古木を吹き折って、折れ口に都鳥の姿をのこしたのは奇といえるだろう。

 そもそも風のこの姿を世に出そうと自ら発したかや、はた樅が風を発したかや、どうだかと思いきや、ここにしてこの発端があろうとは。

 そうれその樹の高うして、知る人が稀なので、こたびそのあらましを記して、四方の君子に知らせようとする。
昔、在原業平は、水中に彼を詠め、僕は提にこれを見る。
唯その歌と男ぶりの劣れるのみ。

     こと問はん樅のふる木の都鳥
          世に知る人はありやなしやと

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