2023/06/03
巻之10 〔3 〕 亀岡城とり立のとき墜ちた者を助けたはなしと老夫婦の縄を納めたはなし
吾が先祖公が元禄中(1668~1704年)に亀岡の城のとり立のとき、二丸に三重櫓を建てられた。ここは元来小高い陵なので、一しお高く聳(そびえ)ていた。
この造作のとき、足代を高くかけて普請していたが、その上段より誤って墜ちた者がいた。
下の人々はあれあれと言う中、一人つとその下に行って待っていた。
かの者がその前まで墜ちたてきたとき、走り寄って向うへ衝(つ)けば、乃ち地上に倒れただけで済んで、恙(つつが)なしであったと。
これは高所より直下する勢いを横へ衝いたので、その衝いた所の高さより倒れたことに相当するという。
またこの櫓とり建てあるらしいと聞いた頃のこと、小給人の夫婦、年老いた者二人であったが、二人して縄をない始めた。
何ごとかと人は訝ったが、やがて数千条の縄を役所に持って行き、「志でございます。御櫓の御用に為して下さい」と申した。
祖公はその志を好ましく思い、かの入用に当てられた。
三重櫓完成まで入用の縄は、この老夫婦の所作にて足りたと云う。
誠意は匹婦(身分の低いもの)にても達するということであった。
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