巻之96 〔15〕 能舞台舞台、その分に応じて関わること

 わしの隠荘近所の番場に、御倉前の札串(サシ)松屋貞吉の別宅がある。
町の裏家であるがその中に能舞台を建てて時々能興行をしている。
大名の能、または座の大夫等が興行するほどの勢いである。
一体町人は能をすることは成らぬので、観世大夫が連の日吉市十郎の名目を仮り、日吉舞台と称して興行している。
わしも往って見物したが、頗る盛んなる体である。

 また朝川鼎は小泉町の借地を、門人景山と云う者また借地になっている地に、東儀左兵衛とて、上方楽人が流浪して神田於玉が池に住む者、出張稽古所と称して舞台を設け、月に両度ずつ、楽人も素人もうち寄って踊楽数曲あるという。

実は深川住居の乾(ほしか)魚問屋須原三九郎と云う者は楽好きで、和泉町の沙糖問屋河内屋孫左衛門、日本橋一丁目書林須原屋茂兵衛等が、組合内證をして、表向きは左兵衛の分にするということ。
これも町人は舞楽ならぬ故であるから。

また或者より聞いたのは、この起こりはかの松屋が能を立派にするので、それに負けては成らぬとて、楽舞台をたて、舞楽張行するのだとよ。

その筋々にておつな所に張り合いのある者である。
これに就いて思うに、世の中はみな間違うこと多きものということ。

某侯等は大名の身分にして、舞楽も能も嫌っていて、卑賎なる哥舞技狂言を常に事とされ、松屋は商売の身として、哥舞技狂言はせず、候伯のもてあそぶ能を忍んでやり、須原は打ち越し、楽舞台を造営して、舞楽を張行する等、みな各その分に応ぜざる負えないのだ。

これが迺(すなわち)世態(世の中のありさま)ということ。
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