巻之18 〔18〕 万治中、長崎にて鋳銭のこと

 万治二年(1658年)七月、長崎にて異国互市の為に鋳銭のことを土地の人が請い出たのを、奉行より建白されたが、「古銭の文に鋳て渡すべし。寛永号の銭は渡すべからず」と命が下りたことを、この頃外事検点(点検)の序(ついで)に見出した。

 因って思い出したのは、辛未年(文化8年、1811年か)、肥前呼子浦阻風停泊の時、その地にて家頼どもが銭を買ったので、「古銭が多く交わっている」と云うので、わしは取り寄せて見た。
するとそれはみな宋元紀元の銭であった。

唐山に近づける土地なので、自ら昔より渡って来るのも多く伝わっていたかと思い過ごしているが、今に至って考えれば左(さ)にはあらず。
万治中(1658〜1661年)、長崎にて新鋳の物と見られる〔林子語る〕。
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