三篇  巻之5  〔4〕白蛇が天にのぼるはなし他

 ある日九鬼の長州隠荘を訪ね、物語る中に、楽翁が先年尾州の駅舎〔これは思うに京都上使のときだろう〕憩われたとき、かの舎の縁先の手水鉢の処を見ると、白い小さな蛇が直立していた。

 楽翁は怪しく思われ柄杓の水を2杯かけたが蛇は動じない。

 楽翁はそのままにて置かれ、やがてそこを去ったが、途中半道も往かれると、大雨が盆をこぼした様に雷電風が起こるなどした。暫くして晴天に帰した。

 この様な時は先の白蛇は、正に竜にして遂に上天したものだろう。

 ○また語る。某が在所三田の居所は、随分庭も広く、その中に水溜め桶の殊に大きい物があった。

 年数が経ったそれは古くなり朽ちて半ば腐れていた。

 ある日某が在江都留守の子どもや女が庭の中を望んでいると、その桶の水中に小白蛇らしきものが見えるが、水を離れ空中にのぼった。

 折しも晴天にして風もなく、その物はますます昇って、後は虚(くう)を凌いで覩(み)えなくなっていった。

 竜にてもあったのか。

 前後に聊か風雨鳴電のこおともなかった。また怪しきことだと話した。

 ○また語る。同寮の堀田豊州が話した。

 何れかの処にか〔わしは何処か忘れた〕、海上にて釣をしていた舟の上が、ふと水上を離れ上に升(のぼ)った。

 人々は怪しく思う中、次第に上り、終には中天に到った。

 乗って居る舟の人は恙なくいたが、生きた心地も無く、巨浪怒濤の艱難なので、死を期する思いもあったろう。

 徒(いたずら)に空に乗じていると、自ら死もやらず、茫然として後に何が起こるのか見ていると、良久(しばらく)して舟は次第に下り、ついにもとの海潮に舟は浮かんだ。

 皆はここで初めて安心して、櫓をこいで急ぎ岸辺に着いたと。

 これは如何なる変事か。若しくは竜巻の気に惹(ひ)かれて起こったか。

 この時四空に竜巻があったともいえず。晴天で起こったこととぞ。

  ○また語る。山州淀川には大きな鯉がいて、3尺を越えていたのを何とかと呼んでいたが呼び方を忘れた。

 また当君様には、常にお好みになっていて大鯉の肉を供じた。

 ある時淀川の漁師が、3尺に尚余れる巨魚を獲た。

 この漁師、朝官に上(たてまつ)れば定めし高価の給わりものであろうと思った。

 逡巡する中、果たして膳司が聞いてその巨鱗を奉らせようとした。

 時に忽ち行脚の僧が来るのがあって、かの漁師に「我に魚を与えよ。朝廷より給わる価格に一倍上乗せして汝に授けよう」と云った。

 漁師は素より価格が上がるならば、即僧に魚を渡しその場を去った。

 僧は迺この魚を河水に投じ、放して還った。ところがこの僧は発熱して、煩悶痛苦のうわ言を云った。

 「こう言うは淀川に久しく住む巨鯉である。我は求め難き幸を得て、すでに主上の御体に入ろうとしていた。因って潜沈するその身を現して漁師の手に飛び込んだのだ。すると汝という匹夫、僧業とは謂えども、我を救って還って我が福(主上に我身を食していただくこと)を失ってしまった。我は甚だこれを怨んでいる。故に汝に依ってこの恨を報いんとす」。

 傍の人がこれを聞いて、半ば驚き半ば訝った。これより後は如何なったか、坐客1人ならず、献酬の声が囂喧(けんけん、やかましい)して、わしもその后事は聞かず、別宴した。
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