2020/07/25
続 巻之十七 一 山海珍味を陳列した饗宴と風雅で趣き
林氏曰く。食前方丈の山海珍味を陳列した饗宴は世の中の常である。
いつもうるさく思うばかりで、少しも心に留まることがなく、その日限りの記憶に残らないものとなる。
ただし風雅で趣きがあり、人の気持ちの入ったものは月日が経っても忘れる事なく、時に触れては思い出すものである。
一年の夏、楽翁から、園中の蓮の花の鑑賞として、詰旦に朝食を食べないでお出で下さいとの招きで、その通り守って行った。
池に舟を浮かべて、松陰に漕ぎ寄せて朝餉を出された。
それはわずか三種の菜品の中に、魚肉や小海老等を寒天で煮こごりに料理したものを皿に盛った物は、避暑の場にあって特に愛でた。
主賓共に食事を終えると、朝の光が少しばかり横よりさし入ってくれば、舟を一つの丘の辺りに漕ぎよせる。
丘の上の小さな亭で、丘の下の蓮の花を眺める。
ちょうど、数本の白柄の蓮花を見る中に蕾がほころび開き、朝風の涼しさに芳しく香り花々が打つばかりに成るのは、得も言われぬ風情である。
そこは、茶菓子と共に軽い話をして、帰った。
またある秋のこと。
一諸侯と共に招かれて、各所の茶屋で普通の饗宴があった。
夕日の頃、船に乗ろうとの事で池畔に至ると、紅葉の折枝を船屋に多く挿していた。
船中には紅葉に韻字で書き分けて詩を望まれた。
さて酒が出されると、肴として小皿に匙の量の味噌があるばかりである。
鎌倉の故事を船中にて、事少なに取り合わすところが誠に感じ入ったことよ。
日が落ちて船から上がると、千秋館に燈火を列ねて晩御飯を頂いた。
事の次第と豊なふるまいの模様は如何にも面白い事となった。
また黒羽候の箕輪の別荘に招かれた時に、諸物を欠いたやり方でもてなされたが、靭(うつぼ)の蓋を仰いで、吸物椀と盃を載せて出された事も最、興があった。
かかる類いは今久しくなるが、心に忘れられず思い出すことである事よ。
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