続篇  巻之3  〔13〕揚火を見て歌う

  わしは年々夏秋のころ、佃の海上にて揚火があるので見物に往った。はじめは武術の揚火ならば心得にもと思い往ったが、段々興さめて、今は慰めに烟火戯(はなび)を看る心になり行っている。

  今年も7月10日には、荻野流炮述大御番新庄越州の組源蔵惣領内藤鋭太郎、内藤和州の臣岡村寛十郎と云うのが願を立てた。この岡村はその父を天山の門人岡村千蔵と云って、わしも相知る者ゆえ、この度もその故を引いて、寛十郎はわしの蔵器の唐金鋳筒の大炮を借りた。
 
  また22日は古流の萩野、大御番酒井飛州の与力、桜井代五郎が願を立てた。初日には築地海辺の楼を借りて往って観た。後度には洲崎の海岬茅亭に往って観た。初度は殊更に不出来であったが、後日は初度に勝った。けれどもみな虚伎を免れなかった。唯見物の歓を助けるのみであった。この度も揚火を肴として酒を設けて瞻望する中、わしは片歌を口号した。
   
   風になびく飛火の煙り空に消て
行智傍にありしが、
   ゆくゑは雲にまがふ富士のね
   (これは、佃の向うに大山や富士の根が見えるを、こういったもの)。

夫より酒酣なる頃、
   武蔵野や空に飛火の轟て
   野守ならねど出て見にけり

一坐みな打ち咲(わらい)て興じた。これより傍の者が口占(くちずさむ)俗詞に、
   すざき野やたぼひのお酌ついで見ろ
   (たぼとは婦女の髻の名。世の諺に酒はかん、肴は気どり、酌はたぼと云うに拠る)。 

又傍なる一人つけて曰く。
   今一つたべて若く成らん

人はまた同じく咲(わら)った。 
    
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