続篇  巻之28  〔26〕吉田侯祖先の記録焼失

 吉田侯〔今松平伊豆守信順。寺社奉行〕の家に、祖先信綱執政の時の御機密の日記が数冊ある。子孫と雖も見ることは協(かな)わない。代々直封にてこの侯家に収めてある。
 
 侯家にも格別大切なものなので、火災を慮り、箱崎の別邸は河辺にて火を遠ざけている処ならばと、これを蔵める小庫を建てて籠めて置いた。がこの3月21日の災に、この庫も火が入ってその旧記は烏有(うゆう、まったく無いこと)となってしまったと。慎むべき甚だしきことになってしまったことよ。
  
   また聞いた。この庫には守吏があったが、火災のとき己の私財を庫中に納めようと   
   て焼失したと云う。これと云っても物は数あって、尽きる期になるとそうなるのだろう。
   
 又聞いた。豆州の家臣某歎息して云うには、この秘冊は家の襲宝といえども、子々孫々がみることも協わなければ、焼失し
て社(こそ)時である。惜しむべき物でもないと。信(まこと)にこのようなことになってしまうか。

 また土浦侯〔土屋氏〕の家にも、かの祖先盛代執政のときの諸記録、都(すべ)て大挙の御用係を勤められた旧記録等があったのを小川町の上邸は火の患はかり難く、土浦の封邑につかわされた。その便が土浦に着いた7日目にかの城内は失火し、来着の古記録悉く消失したと。これもまた天数(天寿)と云えるだろう〔土浦侯の用人富田小右衛門が朝川鼎に語った〕。また『武功雑記』〔天祥公(平戸松浦氏26代当主)の撰〕に載る所は、

一、松平伊豆守殿死去前三日、子息達へ申されたことは、某は大猷院(家光公)幕下の厚恩を蒙る事たとえる物なし。御意安く思し召され、御自筆にて御用の事仰せ下された、侯の御書数多である。これを残し置けば子孫の末々迄も珍宝とも謂うであろう。しかれども思慮をめぐらすと、若し後世に到り他所へ散乱して、御書の趣に是非をつけ難し事もあれば、これは某の残しておくゆえより起きて、誠に大きな不忠、冥加につきる事なので、御書を火中に入れて焼いて灰として、袋に入れて某の死骸の頭にかけて埋めよと遺言であった。これに依り豆州死後、甲州公弟達一所にあってかの御書を薬鑵に入れて火で焼き、各一目も見えぬように、頭を振り敬て灰となし、その灰を袋に入れて、豆州の死骸の頸(くび)にかけさせ葬られた由。

 これは前に記した吉田侯の古冊に中でも、また秘密の物になった。


 

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