三篇  巻之16  〔3〕世に名高き権僧

 人が云う。
 
 世に名高い権僧〔権は普く人の知る所。僧とは真僧ではなく、隠居の人である〕(林子曰く。権僧と云う事、後には分らぬことになるだろう。はじめに出侯所の上幀(幕、とばり)へ、権僧とは権僧正、権僧都などの類ではない。世の権を専らにする、僧形の人であると記し置いたものと思う)。
 
 ある日、花川戸は山の宿辺であって、游行して通った。当時災の後、吉原仮宅の游女屋の引手、かの僧の衣を牽いて放さなかった。そして竟(つい)に仮宅に引き揚げた。僧も為(せん)方なく座敷に居(すわ)って、思案顔で狐坐した。

 家内の人がよくよく見ると、凡人(タダビト)ならぬ体ゆえ、その従僕に質(ただ)すと姓名を委しく云った。家内は大いに驚き、「すると早く還し申さなくては」と、即ちそのことを伸べた。すると僧ははじめの戸口より出られなかった。裡(うら)口より「直ちに川舟に乗ってくれ」と答える。ならば裡口より出そうとすると、仮宅ゆえ裡口はない。

 因ってこの隣の壁を穿つこと3,4家にして裡口を得た。すなわちここから還り出て、舟に乗ることが出来たと。それより仮宅の主も殊更に心配して、かの僧の荘は勿論、隣家4,5軒、名主、町方など、思わぬ付け届けをして、大物入りに及んだと。その事実は天に在って、我も人も知らず。
   
   珍しき奇聞を承った。飛耳長目とは隠侯の事かと申した。拙等蓙(ござ)中に在って曾(かつ)て知らぬ所である。
   呵々(かか)六ノ十六 
 
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