巻之49  〔31〕天守御櫓のはなし

 この頃大城御天守の図とて示す者があった。御天守は今は無いが、図に由て見ると、その壮観は覚えておきたい。

 わしはある人に「これは一城郭であるが、この中に水があれば尚堅固であろうな」と問うた。
 
 その人は「大阪の御天守も、以前天火の為に燃えて今はありません。つまりこの御天守の中に井戸がありました。黄金水と申しました。常にこれを汲むことを禁じて、夏土用の中三日のみ免(ゆる)しておりました。それで御城代の家臣、その余、奴僕に至るまでこれを汲むと、その清潔な氷の如く名水でありました。また井戸の深いこと数仭(じん)、俗に伝わるのは、井中のかわ金を以て造ると。因って水性の美をなし、且つ黄金水と呼ぶそうですよ。豊公の勢いを以てすれば、この様なこともあるでしょう。また天守の内にはこうした水のあることは尤もなることです。然し地の利は人の和に及びませんけれど」と云った。格言である。
 
 追記する。

 ある人曰く。この天守中の井戸は、既に石山城本願寺の二世顕如上人の時、上人が堀ったものであるとぞ。この上人も猛勢なることは人の知る所ゆえ、太閤が堀ったことにも劣らない。

 また曰く。江城の御天守にも御井戸がある。且つ清泉であるとぞ。今に御天守番の人で時々汲んで還る者があると云う。
 
 また天守を以前は天主と書いて、櫓の上層に天帝を祭っていたとぞ。ところが上杉謙信は天主の称を悪(にく)み、これを改めて天守とし、須弥の天守は毘沙門であるとて、この神を祭ることで、今はみな天守と書くと。
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