巻之8  〔13〕川流句、川流のはなし

 
 川流(せんりゅう)句は毎に感じ入るが、ある人がまたこれを云った。
  
   湯屋の喧嘩の片手あつかひ
 
 わしはつらつら吟じて且つ考えてみると、この句は恐らく川流ではない。条理をなさずしてまた短句ならば、思うに世の俗調なる俳句を、誤って川流としたのだろう。条理をなさずと云うわけは、この片手と謂うは、入湯の者は裸体人前を憚れば、各片手で陰処を掩(おお)う。
 
 つまり口論より憤闘に及んでも、ただ空手を以て打擲(ちょうちゃく、ぶつこと、なぐること)に至り、片手なお放さずと云うのだ。わしは「こうして憤闘に及ぶ族(やか)ら、ここぞのこの時に陰処を掩う底の容であろう」と云った。

 ならば固より忿怒(ふんぬ)ではない。故にわしは取らなかったが、後ある日湯屋の戸前を過ぎると、屋内憤闘の体であった。興中よりこれを見るに視えず。すなわち人を使って視せにいかせると、果たしてわしの説の如しであった。すると素より人事自然の妙句ではない。これを取らざる所以である。人よ、能くこれを惟(おも)え。因って云う。川句の採るべき者は、
  
    角(ツノ)大師湯番を叱る御姿

  これは、大師の下「は」字を加え、湯番の上「凡俗湯入者の(凡俗湯に入る者の)」六字を冠(かぶ)せて解すべし。角大師とは元三大師の降魔せられたときの姿であり、上野よりその御影が出て、専ら世に布(し)く。その下は入湯の者はかの戸の湯番を叱る状態、かの角大師の体に類する。裸体の怒る形さも比すべし。如々(いかん)、何何(いかん)。
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