巻之九十八 〈六〉 大男、角力

当六月、熊本侯の国元から大男が来たとうわさになった。
角力年寄の勝浦の弟子になるらしいと聞いた。
長け 七尺三寸     →約213㌢
足の太さ 一尺三寸五分  →約40㌢
貫目 三十五貫五壱百目  →約133. 125㌔
食 一日に一升七合余り
酒 一度に一升を飲む
衣 三反余りを着る
牛をまたぐと云う〈人呼んで牛跨と云うとのこと。この牛をまたぐに因んでか〉。
牛は大獣だが、馬よりは背が低い。
それにしても大男子である。
これに付き思い出せば、わしが少年の時、雲州侯の角力に釈迦嶽と云う大男がいた。
久しい事なので長けも何も覚えていないが、その頃回向院で相撲興行があった。
わしはその門前市店の楼で両国橋を釈迦嶽が渡るのを見たが、その長けは衆人の頭上につき出ていたのは、馬上の人と云ってもよいくらい。
またわしが、十一二歳の頃、久昌夫人(静山さまの御祖母さま)に就いて箱根の温泉に行った。
小田原に宿泊した時に、釈迦嶽も上京するとその駅を通行した。
わしは道に出て、その側で立ち寄り見たが、わしの頭はかの帯の下にあった。
年少ではあったが、これで大男であることを知った。
ある人から聞いた。
「この男、長けが大きいのには似ぬ小量者だから、つねに人中に出る事を嫌がってね。が巨貌なので、外出すると人がとり囲み人垣になる。だから、都下は住みにくい。一日も早く帰国したいなどと云って涙を流して泣いてね」。
概ねこんな事だった。
さきに熊本侯の東勤めの従者として、侯の薙刀(なぎなた)を持って出府するようにと云われていた。
またある人曰く。この妹もまた同じく巨婦だとのこと。はたしてそうなのか。
またかの男の掌形として移写した。
わしも小兵と云う程ではないが、わしの掌には一増陪、如何にも大兵である。掌形は写真の通り。


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