2020/12/09
巻之二 〈24〉 手桶の湯(上野と芝)
ある人が年始の参拝に上野に詣でに出かけた。夕方で烈しい風が吹き寒気も強くて、手水所の石鉢には氷が張り、中央にわずかな水が見えるだけである。
そばに蓋、手桶に杓を添えて出してある。
その蓋を開けると湯気が立ち上り、人々は快く手を洗い、口をそそいで拝している。
その翌日芝に詣でると、時は正午を指すが、その日も(昨日と)同じ様に甚だ寒い。
ここも手水鉢の外に手桶を出してあるが、御老中方へという紙札が付いている。
すると余人は手を洗うべくもない、氷を打ち砕いて石鉢で手を回す洗いながら、手桶の中を見ると、朝に湯を入れながら皆氷っていた。
上野は夕方まで幾度か湯を入れ替え、特に衆人の為に公にいたす心配りが厚いことであった。
芝は昼の頃に氷が張っていたが、湯を替える心が付かないか。
その上に老中の人に限って湯を設けるというのは、狭い心ではないか。
全ては両山の風習に高下があること。
諸事この様だと語るのは、なるほどだと思われる。
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コメント
上野と芝
上野なら寛永寺かな? また芝なら増上寺?
これが神社となると寛永寺から上野東照宮が分離し、増上寺からは芝東照宮が分離している。また芝には「芝大神宮」もある。
今もこの静山さんの言っていることの流れがまだあるような気もしてくる。
当時の町の様子がまだよく見えてこない。
私たちは明治の廃仏毀釈がまだ理解できないでいるようだ。
甲子夜話って結構奥が深そうだ。
簡単に読み飛ばせない。
2020/12/09 16:55 by Roman URL 編集