2021/02/03
巻之ニ十三 〈1〉 廉貞な人足の身に起こったこと
海賊橋(開運橋、楓川と日本橋川の合流点にあった)の牧野侯に仕える人足の話だと云う。草履を売りに出て、帰りに藁を携えて御番所の辺りを通りかかると、駕籠かきに声をかけられた。
「空かごでは御番所まで通行が出来ないのでしばらく乗ってくれよ」。
人足は頼まれるままに空かごに乗ったが、かごの中を見ると向こうに何やらふくさの包みが、駕籠の竹にはさんである。
訝しく思い、探って見ると包みの中は金子の形をしている。
しかも百両もあるかと思われたので、懐に入れた。
駕籠を降りる時に、駕籠かきに「この前に誰を乗せたか」と聞いた。
「磐町あたりの御旗本さまだったが、ことの外かなり酔って乗られた。
が、ようやく御宅に行ったが、先でも正体がおわかりにならず、妻女下女が出て来られて、やっと事がおさまったのよ」と云った。
人足はこれを聞いて邸に帰り、翌日部屋頭に暇をもらって、かの磐町の某の宅を尋ねて行った。
ようやく尋ねて行き、その家に申し入れるに「何とぞここの御主人に御逢い申したい」と云った。
家ではこの男を不審に思い、「主人は逢わぬ。家頼(けらい)に申すよう」と答えた。
人足は直に会うことを請うので、とうとう庭に通し主人に会うことが出来た。
人足は「昨日は何れの方にゆかれましたか。いつ頃お帰りになりましたか」と聞いた。主人は訝りながら本当のことを云った。
また(人足は)「駕籠に乗られましたね」と聞くと主人は「然り」と答えた。
人足はまた「何か落とし物をされませんでしたか。包みはの色はどんな色でしたか」と問うた。
主人は「なるほど。確かに落とし物をした」と云えば、人足は懐から落とし物を出して確認した。
主人は驚いて「それだ、それだ」と云うと人足は「金子は如何ほど入っていましたか」と聞く。
主人が数を云えば人足は開いて数を改めた。主人の云う通り八十余両あった。
人足は「さらば間違いはございません」と云いながら、昨日からの事を話した。
主人は大いに驚いて、深く感激した。
「わしは小普請の世話役でこの金は小普請中より取り立たもの。こうして失って、弁償するにはこの貧乏の宅では手立てなく、、、然るにこの身落ちぶれようという時に、そなたはの助けにて別状なしとなった。
報謝として金五両を与えたい。受け取ってくれ」と云った。
人足が云うには、「それならばこの八十両のものをはるばる持って来たかいなしだ。もし五両でもね、取ると思うなら、素より全くお返しはしませんよ」と受け取らない。
主人も為方(せんかた)なく、勝手に通して酒飯などを振る舞った。
これより人足は邸に帰ったが、ニ、三日してその門に何人かが来て、門番にかの人足の名をいって呼び出し、門外で鯛二枚と酒樽を出して何やら申し述べて、金子三両を投与して帰った。
誰がやったのかわからないが、その後人足部屋は何か賑やかで騒がしいので、下目付は怪しく思い行って見た。
似合わない肴などの料理、酒も沢山ある様子でいよいよ不審に思い、その贅沢を尋ねると次第がわかった。
上役に申し達したら、役人にもその人足の行いを奇特として、このより取り上げられ双刀をさす身柄になったと云う。
下賤にもこのような廉貞な者がある、という話。
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