続篇 巻之五十八 〈5〉 礼は時代と共に変わっても心意を込めて

今の俗礼に、真の礼意と違えることが多いと思える。
まず一例を挙げて云うと。

『曲礼』に

立に授くるに跪(ひざま)ずかず。また主人跪て席を正せば、客も跪き席を撫して辞す。

と見えて、貴ぶ所の人が立ちながら授るには、受ける者はやはり立ちながら受けてよい。

しかしながら今俗は、是非とも坐るので、時として不都合なことがある。
すると礼を学ぶ者は、己れに敬意があっても、人の好きに随うことが聖者の教えにならないだろうか。

けれども今俗は何か世の習いを守り、人の好不好に構わない。
これは聖賢の道を学習する弊害である。

わしも皆この類である。

問。ならば立ちに授るのも、同形ではないだろうか。これでは良くなかろう。

答。この礼を解しないわけにはいかない。

跪かなくとも心意は跪こうではないか。

しかしながら、その授る物を立ちながら受けたとしても、人は悪く思わないことは必然である。

この余は、『語』、『礼』等の書をよく読み込んで知ることだ。

関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

プロフィール

百合の若

Author:百合の若
FC2ブログへようこそ!

検索(全文検索)

記事に含まれる文字を検索します。

訪問者数

(2020.11.25~)

ジャンルランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
845位
ジャンルランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
157位
サブジャンルランキングを見る>>

QRコード

QR