三篇 巻之七十一 〈15〉 野狐

久昌夫人(静山公の御祖母様)は母儀の徳坐(ましま)して、かつ御慈悲深かりしは、人もよく知っている。
また今わしが住む別荘は、そのころは樹林も密に生じ、今の稲荷祠の処も幽邃(ゆうすい、景色が奥深く静かなさま)であった。
因みに世のいわゆる、稲荷の使いの野狐もこのあたりに住んでいた。

近頃、わしの病中看てくれた妾が、聞いてきた話によると、「夫人は如何なる御ことでしょうか。夢のお告げがあって、かの稲荷祠の使い狐に、綿を与えられたそうですよ」。

然るにその後、稲荷祠に参詣された時、母狐らしいものが、子狐ニ、三を率いて夫人の詣の前に出たという。
それを人が見ていて、子狐がさきに母狐に与えられた綿を、その夫人ください頭にも載せていたというのだ。何でも夫人の恩徳鳥獣にも及ぶとは、わしもことごとく聴いたというわけだ。

また夫人の御生前は、この邸に坐しておられたので、わしが浅草の邸からこの邸に訪ねると、この時は下女に「狐に食を与えよ」と命じられるのが耳に入った。
わしは「何者ですか」と問い申すと「狐(コン)であるが、よく馴れて縁先に来るのですよ」とお答えになられた。

かたがた前の話と思い出したもの。
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