巻之五十六 〈11,〉 国学者三島景雄の歌

三島景雄(通称吉兵衛、1727〜1812年)は、御用達の町人であるが、和歌を好み、晩年に剃髪して自寛と号した。
所々風雅な筵にも立ち交わった。

七十余歳の頃、ある日わしの許に来た時、八月末か9月初めだったか、何かと物語りをしつつ、さて、中秋の詠はいかにと問うと、硯を引き寄せて筆を取って、

老が身は又来ん秋も頼まれず
     今夜の月ぞ命なりける

と書いて、こうして詠み見せてくれた。
誠に殊勝に思えて感吟した。
性情より出した歌は感深いもので、今にこの一首は記憶して忘れずと林丈は言った。

ついでに云うが。
わしは嘗て骨董店で得た掛幅に、加藤千蔭(国学者、歌人、書家 1735〜1808年)の筆の郭公(カッコウ)の墨画の下に、短冊を貼った。歌に、

ほととぎすききしは夢か難波江の
    あしのかりねの明ぼののそら

自寛と書いてある。今思えば、その人であった。
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