2021/03/06
巻之九 〈7〉 いなば小僧 その1
わしが20歳のころだったか。いなば小僧と呼ぶ盗人がいた。
穴をくり抜く事に長け、うまく人を惑わす。
商家も候邸も入れない所はないという。
だが捕えられない。
これは姿を知らず見えない為。
ある時ついに捕まり刑を受けた。
その拷問、白状する中で、「これまで多くの処に入り物を盗みやしたが、1度も怖くはありやせん。ある時、松平内蔵頭(くらのか、一心斎のこと)邸に入りやした」。
「その寝所に行って、物音で目を醒まされ、何者か!と言われたので、あたしゃ逃げようとしましたよ。そしたら、飛び起き、枕元の鉄鞭を携えて出られる。あれは恐ろしかった。庭に出たのが見つかって、己!何者ぞ!と逃さじとばかり迫られて」。
「夜中ですからね、庭中を逃げ回っていると、急な事ですから築山の木に登りました。闇の中、木の下までは追って来られましたが、これは気づかれませんでした。一打にしようと見逃して、木の下を2、3回って家に入られやした。いや、危ないとこを助かり、その場は戻りやした」と云ったと。
候の在職期間、上野の防火を勤められた時に、出火と耳に入り、単身騎にて行かれた。
その時、筋違御門の辺りか、他の防火の人が集まり列を作る中を容赦なく通ろうとなさると、列の者が「何者か!ここを通るとは!」と咎めた。
そうして左右より候に取り付くと、『松平内蔵頭である!』と云いながら、鉄鞭を振って左右に打ち倒し、馳られた。
これを見て、敢えて止める者はなく、その場を行かれたと云う。
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