続篇 巻之2 〈3〉 宝井其角の文

また(用韜〈林皇+光の字〉、この人物は調べ不可能)曰く。近頃屋代が賢示したと、冠山老人が写した古文の中、俳人其角(1661〜1707 江戸時代の俳諧師)が手札に種々のことを箇条書きにした一通のその末条に、

一糀町長門馬場のかど堀小四郎(堀利堅、生年不詳〜1864、江戸時代後期の幕臣)殿へ御寄り合い也。
この屋敷に化け物が出候うて、隣りも折々参候う。
大坊主は目が一つ、右客でもこれが有り候う。
賑やかであると、猶(なお)出候うもよし。

3月10日            其角
   柴  礼  様

いかにも珍しく可笑(おか)しいことである。
堀氏は今もその称で妹婿である。
居所は赤坂御門の内ゆえ、今は世に赤坂とのみ唱えるけれども、昔はこの辺りをもやはり長門馬場と呼ぶと聞こえてくる。
長門は、今は永田と更(か)う。
100年を過ぎればこの様なことも違うもの奈梨(なり)〈林曰く〉。
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