続篇 巻之15 〈5〉 小野篁の子孫

輪宅の荻野長は小野姓で、篁(おののたかむら、802〜853 平安初期の公卿、文人)の後(子孫)だと。曰く。

篁朝臣の塚は大徳寺(京都紫野にある臨済宗の寺)の後ろの畠中にある。
その傍に土人がほうづき塚と呼んできた古塚があるのは、紫式部の古墳と云う。
これは雲林院(京都紫野にある臨済宗の寺院)の末院白豪(ごう)院と云う小院の持ち分である。

地方は、紫野雲林院の卯辰の方2町ばかり畠の中だけれども、とても細い田疇(でんちゅう、田畑のこと)なので、往き求め辛い。
篁の塚は紫女に並んであるけれども、管理する者もなく、ただ土人の口碑に存するのみ。

子孫の身では、忍び難きこと云々〈長曰く。これは御勘定小嶋祐介が目撃した話である。この祐介は、文政6(1823年)年に、高瀬川目論見の御用で上京した。この古墳あたりもその管係の場所ゆえ、よく探った所はここの如し〉。
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