巻之四十九 ニ三 赤犬

時々浅草の上屋敷を往来するが、門前に赤毛の犬が常にいる。

これは邸内で産まれた。これを見るにつけ、昔を思い出す。

亡き父がまだ領主でない頃、現在住処にしている本庄の荘に居られた時に御居間の床下に犬が子を産んだ。

毛色は全身赤。

父はこれを愛されたが、長ずるに及び、とても勇敢、他の犬に対して一歩も引けをとらない。

わしはまだ9つか10だったが、今だによく記憶している。

その犬は小ぶりながら、常にゆったり歩き、取り立ててこれと云った所はない様だが、いざ闘いになると、未だかつて負けて逃げたことはなし。

父がどこかへ赴かれる時は、必ずカゴについてそっと歩いていくのだ。

騎馬の時は馬の前を歩いた。

だんだんとこの赤犬が知られる様になると、世間はこれを松浦候の赤毛と呼ぶようになった。

行く先々で出会う犬は、みなおとなしくなり、遠吠えしなかった。人々は不思議がった。

また当時は今かかっている大川橋がないので、本庄に行く者はみな、竹町、御厩の渡りをわたった。

だからこの頃の諸侯は輿乗りの者や槍馬を従える者たちを率いて船を渡した。

子どものわしが、川辺で釣りをしていた時のこと。

その折、さき記した船の渡りに出逢った。

赤犬もついて行こうとしていた。

父はカゴ脇の者に命じて赤犬をおい払おうとした。

赤犬は水際に伏せていたが、船が発するとみると、即水に飛び込み遊泳して船に沿うた。

見ていた者はみな感動せずにはいられなかった。

明和八年秋、父は逝去され、天祥寺に葬り奉る時も葬列に従った。

それからと云うもの、毎日父公の墓そばに伏せていたことが多々あった。

その翌年、本庄の荘にて、赤犬は遂に倒れた。

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