続篇 巻之7 〔7〕  水戸殿の祠

 水戸殿の小石川邸の園中には、伯夷、叔斉の祠がある。
いつの頃からかその像を取り除いて祠八幡とした。
今の中納言殿〔卿〕の祖文公殿〔中納言治保卿〕の時、林子を招かれ、園中翺翔(こうしょう、かけるの意味)にある折りから、林子に詩を乞われた。
林子は色を正して云った。
「義公の高風清節後世に流伝するのは、伯夷を景慕されてのこと〔このことは『西山遺事に委ねる〕。

 今日その祠を見ると、いつか八幡となってしまった。
真に歎かわしいこと、甚だしい。
あわれ、八幡祠を外に新しく造られ、この旧祠には狐竹2子の像を元のように安置したまえ。

 そうあらんときには、この時こそ拙詩をも呈すべくと陳説され、文公は大いに感動された。
その後八幡祠は別に成って、狐竹祠は昔に復したとのこと。
林子はいかにも奇男子と云えるだろう。
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