巻之67 〔8〕  吉原町の御制札のはなし その後

 この頃箕輪の里を往復することがあって、吉原町の前を行くと目に入ったかの門外、堤の下に古来の御制札が2つある〔このことは第41巻に載せた〕。

 近頃この辺りは焼失したので、この御札場も焚てしまい、今は新たに御札の上屋を造り、下は藩籬(まがき)を設け、木石で結構にした。殊に壮麗である。

 またかの守番の屋とみえる大きな家はその傍にある。
然るに昼間はかの御札を竪てるが、夜分は取り隠して柱ばかりを竪置く。
思うに、酒酔狡童の輩が狼藉するのを恐れるがゆえか。

 すると御制札の詮はないも同然。
況やそのための守番ではないか。
このような大きな家にいて油断するのも訝しいものだ。

 日本橋の畔にある御制札は人普(ひろ)く知る所になった。
これは先年名主共願って、若しや人狼藉の程はかり難い。
冀(ねがわ)くは、御本札はかの輩方に預かり置いて、平常は写しを建て置くと上に請いて、允(ゆるし)を得て、今ある御制札は写しであるという。
然らば吉原町は如何にしてこれを学ばれるか(学んでいただきたいが)。
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