巻之19 〔25〕  諸家の模範  その9

 加賀、薩摩は勿論、阿波、土佐、米沢、伊東、相馬、外々のように諸役人へ手入れしない。
御用仰せつけられたら、勤めるようにとの覚悟のよし。
世上では沙汰致し〔静(静山公)曰く。
今の世の中になってはこのようではないか。
この作者の頃は世近いが、まだ野人古愚の風である なお知っているだろう人に尋ねて〕。

 会津、筑前、備前、洞津、西条、孝悌忠臣のものを代官は申し立て、褒美を与える。
公儀御預所は勿論といえども長崎では別てそのきわが見える〔静曰く。この一条は今もこのようか。知らぬ人に問うように〕。

 保科、井伊、藤堂、家訓があって、世間でその書を取り伝っている。

 阿部備中殿家では、毎月朔日、諸子を会し、家の法令をよみ聞かす。
何れの家でも左様にあった。
この家に生まれたものは、存じたることだが、大勢の中で読みきかすれば、別けて身にとって気を付け、傍輩と励み合う心も生ずるものである。

 大田家では、法令を坐敷に張り置いて、総て陳大小など云って、目立ち拵えを指すことを許さない。
初地のもの、武器を用意致す趣など、委(くわ)しく載せ置き由。

 堀田家は、代々朝起きて、儒教を崇び、毎日上下を着し、先祖の位牌を排し、父母の機嫌を伺い、聖堂を立て、釈菜を行う。和漢の書物を積み置き、望みのものにはかし置き、百姓を憐み、孝悌のものをたたえる。
大病人には、願次第に人参代として金子をかす。
これは軽きもの、病中には物入りが多いので、送葬もならぬとはあってはならぬよし。

 また除け米と云って、上の物でもなく、下の物でもない金があって、貧人の急を救うよし。
領分は村々に銭穀を預け置く。
そのはじめは100石に金壱歩米二俵程を役人その外使いなど参るときの扶持米は、その内をつかい、収納のとき、前に遣った分を補い置いた。
かりものがあれば、少しずつの利分を付け、納めるように申し付けた。
百姓の為になることのよし。
近習の中に、日記役といって内外を記す。
主人が問い尋ねること、その筋々の役人へかかって僉議(せんぎ)するに及ばず、即時に知ることが出来る。
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