巻之19 〔25〕  諸家の模範  その11

 会津白川では、諸士の望みを次第中間を割渡する。
その故みな中間頭の支配にして、給金も少なく、取り逃げの気遣いもなく、面々の世話が少ない。

 会津は世々神道を学び、仏寺いらず。
また城中に学校を立て、諸士を教え、城下に学校を立て、農商に教える。
奥方は里に参られて夜に入り帰ると云う事なし。
300石以下の者は、馬を持てば飼料を与える。
100石位のものは、貧だが馬好きな者である。
馬を持てば却って徳分になる、などと云って譏(そし)られる者もある。
公事奉行と云う役人が4人いる。
諸士の中に悪敷沙汰あるものがあれば、それに申し付けて吟味させられ、噂で仕置することはない。
饗応あるとき、先ず給仕の小姓に料理をくれる。
子供のことだから美食を羨む色相もあるべきとのよし。
社倉あり、米を貯えて置き、領内のものへ春に貸して秋に取り納めて、減米、また土蔵修復、その役方入用の為2分通りの利を納める。
数年を経て大分のことになる。
養老米といって90以上には扶持を与え、貧人米といってその貧窮のものには扶持を与えた。

 水戸は儒教なので、何公も諡(おくりな)を称し、戒名なし。
讃岐殿(高松藩:水戸藩松平の分家12万石)をはじめ、別れの家々同じことである。
史館があって諸生は数多居て、天下のことを記す。
公儀または禁裏よりも、御用のことばもある。
下々の外へ出て、がさつであったのを門迄参り知ると、捕手参り、理非なしに死罪のよし。
もし取りすくめば、相手方へ咎め参る。

 尾張も、敬侯以来諡を称せられる。
文学を尊み、明倫堂と申す。
二仲の釈奠を執り行う。
主人奥方へ入り給うとき、若い女はみな下がり、老女と少女ばかりで、給仕等致す。

続く
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