続篇 巻之10 〔7〕 古狸

 豊川勾当は例年の事でこの冬もまた天祥寺に招いて『平家』をかたらせる間、かれらの話である。
 過ぎし年用事があって外出した帰路に和田倉御門に入った。
桜田の方へ行くと心得て、いつものように手引きの者と行ていったが、思わず草が生い茂る広野に至った。
心中に、ここは御郭の中だから、このような曠原があるはずもないと。
手引きに「何処ぞ」と聞けば、手引きも思わず「野原に行きかかったようですね」と答えた。
勾当はこれで心づき、「これは狐の所為ならん。されど畜生は如何に人を迷わすのか」と独り言云いつつ行った。

 柝(ひょうしぎ)を打って時を廻る音が甚だしいなる所に近づけば、「されば」と暁(さと)り、手引きに「ここは御郭の内なるぞ。
心を鎮めよ」と云うと、手引きもはじめて心づいた。
「やはり馬場先内で、未だ外桜田をば出る所なのだろう。僅かの間に狐は迷わしてくれることよ」と。

 そのとき坐中の人の話に、昔山里に住まる夫婦が樵(きこり)の業を為していたが、夫は片目だった。
妻はある時、その山から薪を負うて還るのを見て、(夫は)右片目なのだが今日は左片目になったら、「怪しい」と思い、折ふし有合の酒を強いて飲ませた。
遂に酔って眠ったのを妻はこれを縄で柱にくくりつけた。

 ちょうど夫も帰ってきて、「何だ。これは化け物だ」と罵り責めた。
これは忽ち古狸となったのを夫婦で打ち殺した。

 畜類のかなしさとして、片目とだけ思って、左右の弁別なきは、可咲(おかし)いことだった。
関連記事
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

プロフィール

百合の若

Author:百合の若
FC2ブログへようこそ!

検索(全文検索)

記事に含まれる文字を検索します。

最新の記事(全記事表示付き)

訪問者数

(2020.11.25~)

ジャンルランキング

[ジャンルランキング]
学問・文化・芸術
1485位
ジャンルランキングを見る>>

[サブジャンルランキング]
歴史
225位
サブジャンルランキングを見る>>

QRコード

QR