巻之80 〔15〕(前の14からの続き)  頼朝卿の小ゆるぎ橋

 同時の話に伊豆国に小ゆるぎの橋といってその昔頼朝卿がかけられた橋が、今にそのまま板が朽ちずにある。
この処海へ出る川口で川幅3間(1間=1.818㍍)もあるべく、この山川に渡した橋材は楠の1枚版である。

 この地へは駿州沼津城下から海上10里ばかりもあって、陸路は30里程にも及ぶか。
だが至って嶮(けわ)しい路の難しさ、牛馬の往来も出来ない。

 また小ゆるぎの橋からわずかに1町ばかりもあって、海中に1小嶋がある。
名は印宗は忘れたと云っている。
この嶋は総て岩壁で大きさ2町縦横である。
殊に奇なのは、嶋の山頂は平坦で樹木が生え農圃もある。

 また嶋の腹は三方へ通じて洞である。
舟の往来は自由である。
また山頂へ通じる穴があって引き窓のようである。
因みに明かりを引いて洞の中は暗黒ではない。
だから土人は舟に乗って洞の中に入り、よく海苔を採って生産している。
印宗も舟でこの洞の中をぬけて、かの小ゆるぎの橋に至った。
つまり舟で洞の中に行くとき洞の上に人の話し声もするので、不審に思って舟子に尋ねると、前に記した農圃で農夫の声だと。
印宗はここに至る時は道陸よりだが、還り路は舟で沼津に至ると。

 時は正月の末になり、はじめて富嶽を真北に観て、南海よりをして沼津に達したと。

 この小ゆるぎの橋は、『和漢三才図会』に見ない。
『歌枕寐覚』にも載せていない。
ならば名所でもないのか。
また 『三才図会』伊予国に由流伎橋があった。
『歌枕』にもこの名所を出し、『懐中抄』の歌を引く。
すると若しくは源頼朝卿の、祖予州の故事に因んでこのように名付けられたか。
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