続篇 巻之四十一 〈七〉 雹(ひょう)のこと

閏三月廿九日、午後過ぎより晴天やや曇り、南風がにわかに西風に変わり、西北の際の雲色は極めて黒く、まさに雨が降ろうとしていた。
人々は尋常でないと見ていたら、疾風暴雨で、雷鳴が繰り返され、雹は雨と混じり合って降った。
一ニ時して止んだ。
この雹のことを聞くと、人の口は各々違うことを云う。
まずわしの辺りはみな通常の霰(あられ)のようであった。
中に大きいものは無患子(むくろじ、羽子板の羽根の下部の黒いもの)のようで、これよりやや大きいものも混じっていた。
また曰く。
この日、上野に行く者がいた。雨に合い、中堂に入って凌いだか、その話を聞くと、大きさ蜜柑のようなものが多かったと。
この勢いは、中堂回廊などの瓦に当たり、瓦は砕けて落ちたものもあったと。
また聞く。
上野坂本へ行った人が見たものは、炭団大のほどだった(炭団は直径三寸五歩)。
上野宮様の御家士某が来て語るには、某宅に降った雹は、煙草盆にある火入れ程だが、小さい中に廿四五塊も混じって降った。これは所々打ち破り、修復をするほどだった。
また宮様の御庭に降った雹は、大きさは通常の茶碗ほどで、間々その雹に青い苔が着いたものもあった。
人が評するには、これは中禅寺湖などの氷を竜巻に破砕されて降ったものではないか。
小石川にいる商人が云うには、その店の辺りに降ったのは、余りに大きく思えたので量ったら重さは七十八十目(目は匁、一目は3.75㌘)なるかと。ここの辺りは古家が多く、破損した。
またその辺りで、折ふし小荷物運びが通りかかった。
如何したのか、この雹に馬が激しく倒され、馬夫(まご)は荷物を解いて馬を起こそうとしたが、馬夫もまた雹に打たれ甚だ困っていたと。
また板橋宿辺りに降ったのは、重さ百七八十目になった。
だからこれに打たれ、怪我をした者もあったと。
また前に出た商人の話。
この雹は、その所々でまちまちであったと聞こえて、四月朔日に品川へ行ったときに、このほどの雹は何かと問うた。
この辺りは、大雨に一ニ粒ばかりの最(いと)小さいものが混じわって降るのみで、雹というほどでもなかった。
けれども田舎の辺りは風がことに強く、家居もこの為に吹き壊されたものがあったと答えた。
されば遠近方角で違いもあるのだ。
察するに日光山の辺りは、山上の氷を吹き砕き、風下の所々に降り落としたということだ。
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