巻之34 〔2〕  水脈のはなし

 わしの幼年の頃は、江都に掘り抜き井と云うものは少なかった。
本庄の東に宰府天神を移した社地の亀井と云う所の井は亀形の口から水を吐き出す。

 また近所の萩寺と云う所の井、三囲社頭の井、その余処々の別荘、花戸酒店の庭井も、みな沸いて流れているものが多い。

 つまり、わしの中年の前から掘り抜きと云うことが起こり、今では都下では一般的である。
東西にない処はない。

 わしの隠荘にも一井を穿つのに、初めは水のかさ地と等しかった。
それから年月を経て、ここ3,4年は盛夏になると日照りが続くと、本井はそうでもないが、呼井が水を通じないので、みな竭(つ)きてしまっている。 
これは本井の水の勢いが減じているからである。

 因みによそに聞くと、今に至ってはどの方角も水の勢いが減じているという。
井の匠の話では、方々で多くの掘り抜きが続いたために、地下の水量が劣えてこのような事態になってしまったのではないかと。

 さもなければ前に云った本庄の亀井以下の井は近頃、水の出は勿論の事、水は下がってしまって、井の中にわずかにあるばかりである。
阪(ばん)氏〔連哥師〕は新たに宅を卜(うらな)って、庭の中に井を穿つと、水が湧きだした。
その下に小流があるということだ。
これは別の水脈を掘り当てたのだろう。
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