巻之30 〔28〕   今切から舞坂に舟行

 今切の御関所から舟に乗って舞坂に向かうと、およそ14,5丁海が浅く、底に菅が生えている。
左は洲崎で遠望1里ほど連なっている。
右は遠山江をめぐり富嶽(富士山)を上に臨む。
この間棹で舟を行(や)る。

 これを過ぎると左は渺々とした滄(あお)い海である。
遠江灘と云う。この間10丁余りあるような深さである。
櫓にかえて舟を行る向う左には標木が数本見える。
はじめの標木が最高い。
この余みなひくく水を出ること3,4尺。ここまで来ると海は最浅い。

 また棹にかえる。
左右みな杭を打って波よけにしている。
その濶(ひろさ)6,7間、舟行20丁ばかり。

 その趣は、淀河をのぼるようである。
ここを経て舞阪に至る。
この間左は波よけの堤である。
小松が群生してよい景色である。
これも波よけの為に植えられた。

 右は杭だけ打ちつらねている。
舞坂の方には14,5間の間は標木なく、そこは最深く潮の勢い甚だ急である。

 向いは石塘(つつみ)で上は松が並ぶ。
すなわち舞坂の地である。これより舟を下りる。

 わしは毎年ここを渡る。
己酉11月朔日渡ると、舟行は至ってはやいので、水夫にその由を問うと、潮時のはたらきを言った。
わし曰く。「この浦海で何か潮勢が去来したか?」。
水夫曰く。「そうではありませぬ。右はひく潮が標木に当たって沖に向かい、左はダイナンからさし入る潮がもっとも強いのです。舟を進める時、この潮に向かえば最難しい。わし曰く。「ダイナンは何れのことか?」。水夫曰く。「向うに見える白波の湧く処でございます」。

 「わしは思うが、さては大灘ではないか」。
賤夫は「漢語をおっしゃいますね」とニヤリと笑った。

 白波の処は即遠江灘で、今切と云うのはここの事である。
波がたつのは布を晒すようなものだ。
これを海で見るには至って浅くなくてはならない。

 水夫が言う。「ここで漁人がヒラメとコチを釣りますよ」と。

わしの渡海の時も白波の浦で多くの漁舟を見た。
(〇貝原『釈名』に曰く。洋(なだ)。仙覚曰く。なだはなみたかきなり。今案ず。大海は波高し。俗に灘の字を書くのは誤りである。灘は瀬である。字書を考べし)。
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