巻之22 (30)   神の使いの鹿

 肥前の領内に沖の神嶋という古蹟の霊場がある。
ここは鹿が多い。里の俗に「ここの鹿は神の使令であると共に殊に愛されるものたちである」と伝わる。

 だから農夫猟師も、かつて神堺に入って捕殺する事はなかった。
この辺りでは、鹿を得るのに、いつも鳥銃(てっぽう)でしていた。

 わしの士に某の者がいた。曰く。
「神領の中といえども、もと獣の類ではないか。これを取るのに、何かあるか?」。
その友は固く止めたが、聞く耳を持たなかった。

 1日、鳥銃を持って、かの神領の中に入ると、鹿はたちまち出てきた。
士は、即ち一発撃った。その腹に中(あ)たった。

 鹿は驚かない。士は、中たらなかったと思ったので、再び撃った。
鹿の腹にあたったが、鹿には何事もない。

 士は何が合ってもこれを撃とうとした。

 すると無数の鹿が山中より現れた。
士はここではじめて驚いた。
「神の所為、その罰がくだるかも知れぬ」。

 鳥銃を負い走り、その場を離れ、家に着いた。
友は何事かと声をかけた。
「おまえ、どうしたか」。士曰く。「別に何も」。

 友曰く。「顔色が悪いよ。まるで土みたいだ。山中で何か怪魅に遭ったろう」。

 士は、観念して起こった事を全て話した。

 この様な奇異が起こるのは、ここの鹿が神の使いである証しであろう。

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